真夜中に口笛が聞こえる
「貴方にお会いする前に、民代さんに取材した事をお話しましたよね」
急に表情が無くなり、静江が穏やかに話し掛ける。信一郎は渇いた喉や唇をよそに、口を半開きに、ゆっくりと頷く。
「民代さんは、白河秀夫が口笛で吹いていたメロディを奏でたんです。解りますか? 体は民代でも、既に別人。秀夫だったんです」
また、ライターの炎を一歩近付ける。揮発したガソリンに、いつ引火してもおかしくはない。
「民代の話によれば、遺伝子レベルで取り込まれるそうです。貴方は失った左腕を、彼の体内に挿入しているはず」
「仕方がなかったんだ。家族を守るためだったんだ」
「別に責めてはいませんよ。ただ、貴方の体に白河秀夫の遺伝子が入り込んでいるのは事実。だから、放置してはおけない。私が死ぬ前に、決着を付けにきたんです」
包丁がきらりと光り、ライターの炎が迫る。
残された右腕で、押し留める。
「ま、待て。家族は関係ないだろう。娘と妻は助けてくれ」
「残念ですが、娘さんを助けてあげられません」
「何故だ?」
「気付いてないんですか? 気の毒ですが、既に入り込んでいますよ」
「なんだって! そんなバカな!」
「白河秀夫に誘拐されていたんでしょう? その間に何をされたか? 先程縛った時、偶然、発見しましたよ。手首の付近の皮膚に変貌がみられます。この先、苦しみ、侵蝕され生きて行くよりも、私が終わらせてあげた方がどんなに幸せなんでしょう。そう思いませんか?」
「美佳はまだ若いんだ。見逃してくれ」
「私の娘も、同じような年頃だったの。いなくなったことがなかなか理解できず、気が狂いそうになった。でも、必死に探して、ようやく辿り付いたの。その結果、私は自分の娘を犠牲にされながら、生きている可能性に苛まれることになった。だから、結局、私は民代ごと焼き殺した……。こんなこと、正気で誰も出来やしないわ! それでも、終わらせなければいけなかった。母親である私が断ち切るしかいなかったの!」
震える手で、ライターを振り上げる。包丁の先は、信一郎に向けられたままだ。
信一郎は嵌り込んだ体をなんとかしようと息を吐き、浴槽でもがいた。
急に表情が無くなり、静江が穏やかに話し掛ける。信一郎は渇いた喉や唇をよそに、口を半開きに、ゆっくりと頷く。
「民代さんは、白河秀夫が口笛で吹いていたメロディを奏でたんです。解りますか? 体は民代でも、既に別人。秀夫だったんです」
また、ライターの炎を一歩近付ける。揮発したガソリンに、いつ引火してもおかしくはない。
「民代の話によれば、遺伝子レベルで取り込まれるそうです。貴方は失った左腕を、彼の体内に挿入しているはず」
「仕方がなかったんだ。家族を守るためだったんだ」
「別に責めてはいませんよ。ただ、貴方の体に白河秀夫の遺伝子が入り込んでいるのは事実。だから、放置してはおけない。私が死ぬ前に、決着を付けにきたんです」
包丁がきらりと光り、ライターの炎が迫る。
残された右腕で、押し留める。
「ま、待て。家族は関係ないだろう。娘と妻は助けてくれ」
「残念ですが、娘さんを助けてあげられません」
「何故だ?」
「気付いてないんですか? 気の毒ですが、既に入り込んでいますよ」
「なんだって! そんなバカな!」
「白河秀夫に誘拐されていたんでしょう? その間に何をされたか? 先程縛った時、偶然、発見しましたよ。手首の付近の皮膚に変貌がみられます。この先、苦しみ、侵蝕され生きて行くよりも、私が終わらせてあげた方がどんなに幸せなんでしょう。そう思いませんか?」
「美佳はまだ若いんだ。見逃してくれ」
「私の娘も、同じような年頃だったの。いなくなったことがなかなか理解できず、気が狂いそうになった。でも、必死に探して、ようやく辿り付いたの。その結果、私は自分の娘を犠牲にされながら、生きている可能性に苛まれることになった。だから、結局、私は民代ごと焼き殺した……。こんなこと、正気で誰も出来やしないわ! それでも、終わらせなければいけなかった。母親である私が断ち切るしかいなかったの!」
震える手で、ライターを振り上げる。包丁の先は、信一郎に向けられたままだ。
信一郎は嵌り込んだ体をなんとかしようと息を吐き、浴槽でもがいた。