ピエモンテの風に抱かれて
ピエモンテの風とそれぞれの想い

樹里が龍のマンションで一夜を明かそうとしていた同時刻 −。



まだ真夏の太陽が人々の短い影を作るイタリア・ピエモンテ州立総合体育館の一角で…、



『そこっ、ディフェンスが甘いぞ! ああ、まだ第2クォーターだってのに、そんなに息あがってんのか!?』



平均身長200cmを越える10人のバスケットボール選手たちがコートの中を縦横無尽に走っている。その中で冷たい視線を集めていたのは −。



『おい、サーシャ! またリバウンドか!? スリーポイントも止められ放しだし何やってんだあ!! 頭冷やしてこいっ』



そう叫んだのは選手よりも更に上背のあるコーチ。口髭を蓄え威圧感タップリだ。そんな彼に罵声を浴びせられたサーシャが、額に手を当てて首を横に振っていた。



『ああ、悪かった…』



『うちのエースがこんなことでどうする! 今年こそは宿敵のシチリアチームをブッ潰して優勝するんだろ!?』



けだるそうにタオルを片手にしたサーシャは、いつもは軽々と開ける体育館の鉄製のドアを、重そうに押して出た。

そして目の前にある水飲み場で水道の蛇口をひねると、バシャ、という音をたてて頭から水をかぶり、吐き捨てるようにつぶやく。



『…この俺としたことが何てザマだ、ハハッ…』



時は18:00過ぎ。サマータイム真っ最中であるイタリアの強い陽射しが、彼のブラウンの髪からしたたり落ちる水滴をキラリと光らせる。

青く晴れ渡る高い空を仰ぎ見て一度頭を振ると、沈痛な面持ちのまま体育館に隣接する合宿所に足を向けた。



その時、アルプスから吹いてきた風が……、



ヒューーッという音をたててサーシャの濡れた頬を撫でた。碧色の瞳を細めて風上を見つめると、何かを思い出したようにつぶやいた。



『ピエモンテの風か…、日本はいま何時だ?』



日本が真夜中であることに気づくと、軽く唇を噛む。



『ジュリ…、リュウとどうなってるんだよ。…ったく、連絡の一つも寄越せってんだ』

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