ピエモンテの風に抱かれて
サーシャが向かった先の合宿所には4人部屋が幾つか並んでいる。その内の一つの扉を開くと、一番奥にあるベッドの上で携帯が点滅しているのが見えた。
『ジュリ…?』
誰かからの着信を知らせるそれは、いつもは冷静であるサーシャを小走りにさせていた。
しかしその履歴は、期待した樹里ではなかったのにも関わらず、彼は何故か表情をフワッと緩め、すぐに携帯を操作する。
『……アリョー(もしもし)ユリアか?』
< サーシャ! 待ってたのよ、スパシィーバ!(ありがとう) >
受話器から微かにもれてくるのは、まるで純粋無垢な少女のような可愛らしい声。ロシア語で話を進めたサーシャは最後にこう言った。
『……ああ、わかった。今年もクリスマスにはトリノに来るのか。それまで元気にしてろよ。叔父さんと叔母さんにもよろしくな』
そして普段からは考えられないような優しい笑みをこぼすと、慣れたように付け加える。
『ヤー リュブリュー ユリア。パカ(愛してるよ、ユリア。またな)』
バスケットに集中できないくらい樹里のことを気にしながらも、ロシア語で愛してる、と囁いた相手は例の従妹なのか?
不気味に忍び寄る薫の企て。樹里は龍との仲を安泰させることが出来るのか −?
物語は再び日本へと移る。