ピエモンテの風に抱かれて
− 「それで賞金をもらったら好きなものをプレゼントするよ」 −
樹里の中に突然甦った記憶。それは今まさに龍から発せられた台詞と同じ類のものだった。喜び勇んでそう言う彼をもろともせず、彼女はビシッと言い返した。
「なに言ってるの! ダメよ、私のためになんて。あなたを観る為に高いチケットを買ってくれたファンが沢山いるんでしょう?」
「……は?」
「もう、本当に昔と変わってないのね!」
樹里にキッと睨まれて、更に目の前で人差し指をチッチッと横に振られる。まさかそんなことを言われるとは思ってもみなかった龍は、しばし立ちすくんだままで呆然とした。
だが、いきなり前髪を持ち上げていたヘアバンドをバッと外して首を横に振ると、口から出た言葉は……
「ぉ前なあ…」
前髪で半分隠れた瞳から放たれるのは何とも言えない妖艶な眼差し。明らかに今までとは変わった態度をとる龍に、樹里はハッとして半歩引いてしまった。
「…俺は自惚れ屋にはなりたくない。でも普通の女だったら…、この俺様にそんなこと言われたら、誰だってポーッとしちまうぜ?」
右手を腰にあて、左手で樹里の顎をクイッと上げる。
「お前? 俺様…? な、なによ。偉そうに…」
よもや豹変としか言いようがない。半歩引いていた足は否応なしにズズッと何歩も後退りしていた。
そんな樹里の態度を意にも介さず、龍は壁際まで彼女を追い詰めると今度は両手首を捕らえて壁に押し当てた。
「ちょっとリュウ、な、何す…!」
身動きが取れない状況に唖然とする。もしかすると、これが彼の本性なのだろうか −。あまりにもの激変ぶりに思わず顔を反らしたが、またしても信じがたい台詞がそそがれる。
「俺様をそんな風に拒否るのはお前くらいなもんだ。でも面白い、こんな女は初めてさ…」
龍は人を小馬鹿にしたような笑みを作り、そのまま樹里に口づけをしようと……、
その瞬間、パッシーーン! という音が部屋中に鳴り響いた −。