ピエモンテの風に抱かれて
震える手で週刊誌を握りしめ、フラフラになりながらバスを降りる。当然のことながら最後のステップを踏み外してしまった。
「キャッ………!」
前につんのめり、ドシッという鈍い音と共に肩から地面に叩きつけられる。バックの中からは持ち物が散乱して樹里の周りに広がった。
すると目の前に落ちた旅のしおりの1ページ目の文字が、やけにハッキリと浮かび上がるのが見えた。
< 世界遺産に触れよう♪イタリア縦断満喫の旅! 第1日目。成田発パリ経由トリノへ。所用時間約18時間 >
− じゅう…はちじか…? −
昼間にサーシャとした会話が頭をよぎる。いまはネットで世界中の情報が手に入る。手元の携帯からは、たとえ地球の裏側であろうが電話もメールも数秒間で繋がってしまう時代。
しかし実際に日本へ行こうとすると、こんなにも時間を要するのだ。今日のツアーも、自宅から空港、飛行機のトラブルで費やした時間を含めると、丸一日は移動にかかったといえる。
世界はすごく狭くなったなんて錯覚に過ぎない。自分にそう言い聞かせることによって龍との距離をごまかし、勝手に安心感を得ていただけなのだ。
「痛……っ」
叩きつけられた肩がジワジワと痛さを増していく。それにつれ、悲しくも厳しい現実が見え始めてきた。
「バカな私。リュウが近くにいる気がしてたなんて……。ァハ、アハハハハ…」
何と滑稽な話だろう。己の情けない姿に自嘲するしかなく、もう何もかも投げ出したい気持ちになっていた。
その時 −。