ピエモンテの風に抱かれて


『アン、ドゥ、トロワ、アン…』



王宮群と同じ広場にたたずむ国立芸術劇場のレッスン場で、



『はいっ、そこでターン、次はピルエット。軸を意識するのよ、脇をしめて、首はまっすぐ上に!』



スラリとした8頭身美人が、熱い視線を送りながら龍を指導している。



『はーい、ストップ! もう、あなたの才能には恐れいったわ…』



『ありがとうございます。ピルエットは左右とも上手く回れてますかね?』



『大丈夫よ。世の中はどうしても右利きの振付師が多いから、左利きのダンサーは苦労するわよね。でもリュウは普段から右を意識してるだけあるわ』



『いえいえ、先生の教え方が上手いんですよ。さすがです』



そう言われて気を良くした彼女は、色っぽい上目使いをしながら龍を見つめた。



『ねえ…、本当にクラシックバレエに転向する気はないの?』



『お誘いは嬉しいんですが、本当にすみません』



『もう、あなたならプリンシパルになれるのに。そうね、情熱的なロミオがピッタリ。私と踊れば絶対にスターになれるわよ?』



彼女はそう言うと、手元のCDプレーヤーのスイッチを入れた。



『ほら、私の手を取って? ロミオとジュリエットの有名なバルコニーのシーンを教えてあげる』



ここぞとばかりにセクシーオーラ全開で体を密着させていく。龍があまりその気を見せなくても、全くお構いなしだ。



『ねえ、何ならプライベートパートナーになってもいいのよ? みんな言ってるわ。あの東洋人みたいな彼女の、どこがいいの?』



『俺も半分は東洋人な… 『あなたはいいの。一体どこの国の王子様なのかしら? でもファッションセンスは今ひとつよ。だから服も選んであげる。この綺麗な不思議な色の髪も、もっと伸ばすべきね』』



この場を盛り上げるかのように、バックで流れる音楽がロマンティックさを増していく。大きな窓から差し込んだ西陽を受けて龍の汗が光ると…



眩しそうに目を細めた彼女は、そのまま唇を重ねようとした。



その距離、あと5㎝というところで −。


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