ピエモンテの風に抱かれて

「ふふ。やっぱり彼のこと気になってるんでしょ? 私がジュリだったら、とっくの昔にサーシャに乗り換えてるのになあ」



大胆発言と共に、飛鳥は華奢な人差し指を自分のプルンとした唇に当てると、悪戯っ子のような表情に変えていった。焦った樹里は慌てて否定に走った。



「で、でも彼は何を考えてるのか分からないところがあるし…、確かにカッコイイですけど、冷たい感じで、私は全然タイプじゃないですよぉ〜。ええ本当に…。はい、全然!!」



「あー、面白〜い。強い否定はイコール肯定っていうけど、まさしくそれよねぇ…」



何という洞察力なのだろう。とにかく内心を悟られたくない一心で、次は飛鳥自身に矛先を向けた。



「そ、そう言う先輩だって、サーシャのことをそんな風に思ってたんですか? トリノにいた頃はそんなそぶりは見せなかったじゃないですかー!」



彼女は当たり前のように両手を上にあげて言い放つ。



「そんなの決まってるでしょ。婚約してる手前、あまりミーハーに騒げなかったのよ。本当は彼の隙を狙ってたのに、サーシャったら私なんて全然眼中にないって感じだったし。
…ったく、独身最後のアバンチュールも虚しく宙に散ったわ。あっ、このことは旦那にはナイショよ?」



悪びれもせずに樹里に向かってウィンクをすると、突然立ち上がった。



「…ああもう、どうして浴衣ってこんなにはだけるのかしらね?」



けだるそうに、はだけた浴衣の帯をハラッと結びなおした。真っ白なマシュマロのようなふくよかな胸の谷間に目を奪われては、同性ならずともドキマギしてしまう。



「…サーシャったら、こんなにセクシーなアスカ先輩にもなびかなかったんですか? グラビアアイドル並なのに。よほどロシアにいる彼女のことが…」



「そうそう! 彼も遠恋してるだなんて、超〜気になるわよね。彼女って一体どんな人なのかしら? ジュリは会ったことないの?」



「会ったことはないですけど、話だけは時々…」



そう言うと初めてサーシャに会った時のことが思い出されていた。





初対面から無愛想だった、あの彼のことを −。

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