ピエモンテの風に抱かれて
『仲良くだなんて…』
ためらいがちな樹里を尻目に、サーシャは落ち着き払った声で言った。
『俺はこの辺で退散するよ。二人の邪魔したくないからな。リュウ、明日の試合には来てくれるんだろ?』
『もちろん行くよ! ジュリと一緒に。な? ジュリ?』
『試合?』
『新入生の勧誘でバスケ部内の対抗戦があるんだ。3年生相手に気を抜けない試合なんだよな? サーシャ』
『まあな、観ててくれよ』
最後まで素っ気ない態度でその場を立ち去った彼を見送りながら、龍に問い詰めた。
「ねぇ、リュウの親友にしては冷たい感じじゃない? 今までいなかったタイプよね。それに何だか分からないことを言ったのよ。ザボ…ジェ…?」
「ああ、気にしなくていいよ。彼もハーフなんだ。お袋さんがロシア人でさ、時々ロシア語でつぶやいたりするんだ」
「ロシア語? へぇ…」
すると龍は内緒話をするように、樹里の耳元でそっと付け加えた。
「そ。大事なカノジョもロシアにいるイトコなんだって。遠距離恋愛てやつ? 意外だろ?」
不思議に思った樹里は、素朴な疑問を投げかけた。
「…彼女がイトコ? 従兄妹同士って結婚できるの?」
「うん。出来ない国もあるみたいだけどね。だからちょっと可哀相なのは、血が近いから互いの両親があまりいい顔しないらしいんだ」
「血が近いって、子供に影響がでるってこと?」
「らしいよ。あ、本人は気にしてるみたいだから、この話はサーシャにはあまりしないで」
彼にそんな複雑な事情があるとは −。意外な一面に困惑してしまった。
「だから…、彼には少し影があるように見えるのかな。リュウとは正反対の性格なんじゃない?」
「そう! でもアイツといると何だか落ち着くんだ。ほら、俺はいつでも熱くなってるだろ? 一緒にいるとクールダウンできるって言うかさぁ…」
「いつも熱…、クールダウン!?!?」
あまりにも納得できる理由に大笑いしてしまった。そう言っているそばから、龍は後ろ向きに流れるように歩きはじめた。ムーンウォークだ。
「わあ、すごーい。マイケルジャクソンみたい!」
「今度の創作ダンス選手権の振付にいれようかと思ってさ。ちゃんとできてる?」
「もちろんよ。ね、もう一回やって! リュウは本当に天才ね!!」
いつでも楽しく過ごせる龍とのひと時は、サーシャやロシアの彼女の話など忘れさせるに充分だった。
その翌日 −。
こんなにも樹里を圧倒させる出来事が起こるとは…。
『キャアーーー!サーシーャー、頑張ってぇ〜〜〜〜!!』