ピエモンテの風に抱かれて

樹里が嘘だと見抜いたのは、龍がとった決定的な仕種だった。

右側に置いてあったグラスを、わざわざ左手で取って口に持っていったこと。

何かを隠している時や、嘘をつく場合に必ず使われるのが彼の本来の利き手である左手なのだ。



テレビの中の龍は、グラスを左側に置いたまま続けた。



「それに最近は舞台仲間の間で、どうすれば情熱的にキスができるのか、そんな訓練が流行っているんです」



それまでずっと女子アナに会話を奪われていた男性芸人の方が、明るく叫んだ。



「それは羨ましい訓練ですね! 僕も舞台仲間になりたいなあ〜!!」



すると、すぐさま龍がからかうように言った。



「おっ、そんなこと言っていいんですか? BLも当たり前のご時世で、男同士のキスも日常茶飯事なんですけど〜?」



「えっ…BL? ボ、ボーイズラヴですか? それはちょっと…、ハハハ」



呆気にとられて、しばし沈黙していた女子アナもやっと口を開いた。



「そ、それじゃあ真田さんの熱愛発覚記事は…」



龍は両手の平を真上に向けると悪戯っぽく笑った。



「本当に残念ですよ。僕も恋愛の一つもしたいけれど、なにせ時間がなくて。これでも分刻みのスケジュールをこなしているんです」



エンディングも近づくと、軽やかなジャズナンバーと共に画面下にテロップが流れはじめる。残り20秒ほどになると、女子アナが締めくくりに入った。



「そうですね、この世界にいると運命を感じた相手でも、仕事以外では全然会えなかったりしますものね」



「でしょ? お二人も僕に負けないくらいお忙しいでしょうから、気持ち分かってくれますか?」



「それ、わかります!」
「忙しいのは真田くんほどじゃないですけどね、僕も凄くわかりますよ〜」



最後は何とも微妙な会話で幕は閉じられてしまった。

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