ピエモンテの風に抱かれて

さあ、樹里と飛鳥を襲うツアー客からの質問攻撃と、感嘆の声を幾つかあげてみよう。彼らにとっては摩訶不思議な国である日本。いったい何を疑問に思い、どんなことに感激するのだろうか?



『電車が時刻表通りに来るというのは本当なんだな。発車する時にベルが鳴るのもビックリしたよ。あんなのはスイスでも聞いたことがないぞ』

欧州では聞き慣れないホームに響く発車ベルや、日本が世界に誇る定時運行に感激する。定時と言えばイタリアの隣りにある鉄道王国のスイスが有名だが、それを上回るかも知れない。



『日本のコンビニって、あんなに狭いのに何でもあるのね。オニギリを食べてみたかったんだけど種類がありすぎて選べなかったわ。それにチケットが受け取れて、荷物が送れて、公共料金まで払えるって本当?』

日本のコンビニエンスストアとは、まさに小さなワンダーランド。レジに人が並べば直ぐに定員が駆けつけ、お札の向きを揃えて両手でお釣りを渡してくれる。またお越し下さい! と、大きな声で丁寧に挨拶する。高級店にでも来たような気分になると評判が高い。



『タクシーのドアが自動で開くのかい!? 日本はどこでもそうなのか?』

日本人にとっては当たり前の光景だが、外国人には衝撃的らしい。



『レストランの前に並んでる料理って本物じゃないの? 凄く美味しそうなんだけど』

確かに食品サンプルの技術は世界一だろう。



『どうして無料のティッシュなんて配ってるんだ?』

『傘を入れるビニール袋なんて初めて見たわ。お土産を買ったら紙袋にもビニールをかけてくれたの。さっきまで雨が降ってたから?』

『これが噂のウォッシュレットなのね。でもオトヒメの意味を聞いて笑っちゃった』



こんな声がエンドレスに続く。一人一人に丁寧に答えたいところだが…、



『ちょっといい? 聞きたいことが… 『おーい! イタリア語も英語も通じないんだ。通訳してくれないか?』…あるんだけど』



皆の声が重なって聞こえると、誰から相手をしていいのかさえわからなくなる。もはや樹里も飛鳥もパニック寸前だ。



『す、すみません! みなさん、質問は順番に………』



そんなささやかな願いも空しく宙に消えていく。間髪入れずに呼び止められるのもお約束のパターンだ。



『ねえねえ、ジュリさん。たくさん買物したから、最後に泊まるホテルに送ってもらうことにしたんだけど、時間指定ってなに?』



『はい? じかんして…?』



さすがの樹里でも知らないことがある。宅配便を受け取る時間を決められるなんて、日本ならではのサービスだ。



こんなのは一例に過ぎないが、これで息を肩でしていた理由を分かってくれるだろうか?

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