ピエモンテの風に抱かれて
「わあ…、涼しいな」
一人でクーラーの効いた電車に乗り、忘れ物が置いてある駅に向かう樹里は、汗だくになっている自分に気づくと、やっと胸を撫で下ろした。
そしてチラリと腕時計に目を走らせると、あることを思い出した。
− この時間は確かラジオの… −
昨日の夜、飛鳥が渡してくれた龍のスケジュールを取り出して確認する。ちょうどラジオの公開収録が終わったと思われる時間だった。
同じ車両にはほとんど人は乗っていない。電話をしても問題はないと確信すると…、
心臓がドクドクと鳴りはじめ、携帯を取り出した手に汗が滲んでくる。樹里はやっと…、
やっと勇気をだして、全神経を指先に集中させた。
− えいっ! −
< ルルルルル… ルルルルル… ルルルルル… >
これほど緊張したことはないと思うくらい、やけに長く感じる呼び出し音が、鼓膜を不安に震わせる。
− リュウ…、お願いだから出て。お願い! −
そんな祈る想いにやっと応えるかのように、ガチャ、という音が聞こえた。
「リュウ?」
「…」
「聞こえる? わたしジュ…」
その時、電車が長いカーブにさしかかり、キキキィーーーーという車輪の音が車内に響いた。
思わず片方の手で耳をふさぐと、小声で叫ぶようにして続けた。
「ごめんなさい! 電車の中からかけてるの。聞こえてる?」
しかし次の瞬間、樹里は自分の耳を疑った。
「どなたですか?」
− え? −
「もしもし? よく聞こえないんですけど、どなたですかー?」
− 女の人…!? −