ピエモンテの風に抱かれて
大スターはご機嫌斜め!?
時は少し前にさかのぼる。樹里が龍に電話をする3時間前 −。
「こんな時にエアコンが故障するなんて、お宅のメンテナンスは一体どうなってるんだ!?」
ラジオ番組のパーソナリティがドスのきいた声でスタジオの女性担当者を睨みつけている。
「も、申し訳ございません。元から調子が悪くて、この収録が終わったら業者を呼ぼうと思ってたんですが…」
「それじゃ遅いんだよ! わかってるのか? 3周年記念の特別番組なんだぞ。あの忙しい彼がわざわざゲストに来てくれるっていうのに」
萎縮しきった女性担当者は細々とした声でたずねた。
「本当にすみません。扇風機は用意できますがどうしましょう? 念のため伺いますが、延期って出来ないんですか?」
「ンなことできるわけないだろ? 外を見ろっ!」
ここはラジオの収録をガラス越しに外から観覧ができる都内のサテライトスタジオ。
午前中は箱根の上空にいた雨雲が東京へと移動ようだ。霧雨がしとしとと降り注ぎ、しかも気温は30度近くなっている。蒸し風呂とは、まさにこのことだろう。
しかしそんな状況をもろともせず、観覧スペースには人だかりが出来ている。前方は屋根があるから問題はないが、後方は傘を持った女性で賑わっていた。
仕事を抜け出しているかと思われるスーツ姿のアラサー。後方の傘族はたぶん主婦に違いない。そして平日の昼間にも関わらず簡易椅子に座って最前列を占領しているのは女子高生だ。
彼女たちは、何やら大きなスケッチブックに文字やイラストを書いている。ゲスト目当てでガラス越しにメッセージを送る作戦らしい。
「わあ、ゲストが違うとこうも違うんですかね? 雨の中でもこんなにギャラリーができるなんてぇ。アタシも今日はスッゴク楽しみにしてきたんですよ。今をトキメク真田さんですもの、キャッ」
ひときわ軽いノリで一足遅れて登場したのは、パーソナリティのアシスタント。
「おい…。お前はこの状況がわかってるのか? 脳天気もほどほどにしろ! とにかく真田くんには我慢してもらうしかないのか。…ったく、もう」
「大丈夫ですよお。前に真田さんは暑さに強いって言ってましたよ。それに彼は性格がお〜らかだから、きっと許してくれますよ!」
お〜らか、を強調した脳天気アシスタントが両手を広げて大袈裟にアピールすると、ちょうど外からキャーという黄色い悲鳴が上がった。
「ほら、そんなこと言ってる間に主役のご到着だぞ」