ピエモンテの風に抱かれて
「おはようございます。今日はよろしくお願いします」
こじんまりとしたサテライトスタジオに響く耳心地の良いテノール。少し前屈みになりながらドアをくぐる大柄な人影は、今や押しも押されぬ大スターになった、龍である。
今日のファッションはスマートカジュアル。紺のスーツにカチッとしたボタンダウンの薄紫色のシャツが絶妙な色彩を放っている。
それに加わて、腰を重点においたモデルのようなその立ち姿は、神々しいオーラを纏っており、誰の目も引く存在だ。特に女性スタッフの視線を集めてるのは言うまでもない。
「真田くん! 久しぶりだなあ。こんな暑いさなかに来てくれて本当にありがとう」
「本当に暑いですね。あれ? ここ…」
スタッフが汗だくで動き回る中、2台の扇風機がフル回転している。真夏のスタジオにはありえない状況に気づいた龍は、眉をひそめた。
「も、申し訳ない。ついさっきエアコンが故障してしまって…。扇風機で我慢してもらえないだろうか?」
龍は返事もせずにジャケットを脱ぎ捨てると、ポケットからハンカチを取り出して額の汗を拭きはじめた。その表情は険しいものがあり、状況が深刻化したと気づいたパーソナリティの顔が青ざめた。
「真田さぁーん! お久しぶりでーす。エアコンなくても大丈夫ですよね? 前に暑さには強いって言ってましたよねぇ!?」
その場の空気を全く読まないアシスタントの天然発言に、スタッフ一同凍りついた。
龍は仕方なさそうに苦笑いした。
「暑いのは平気なんですけど…、湿度が高いと堪えられなくて。ああ、でも何とか頑張りますから…」
「え…? あ、はい…」
さすがのアシスタントも、龍の態度に何かを感じて表情を曇らせた。一同はもう何も言えずに、打ち合わせを始めるしかなかった。