ピエモンテの風に抱かれて

「………ということで、今回の特別ゲストは暑さにも負けず、エアコンの故障にも全く動じない真田龍さんでした〜。本当にありがとうございました!」



ガラス越しに拍手が沸きおこる。酷暑の中でもギャラリーの数は減っていなかった。



不機嫌だった龍も、ファンを目の前にすると何事もないかのように涼しげな顔で収録を進めていた。その点ではプロ根性を出したといえよう。

さらに収録の内容も彼にとってはやりやすかったようだ。タブーの熱愛報道は避けられ、話題は主に新作のミュージカルと今月から放映される主演のドラマに言及されたのだ。

満足な笑みを浮かべたパーソナリティは、大きなヘッドフォンを外すと、すかさず龍に言い寄った。



「さあ、すぐに涼しい別室に移ろうじゃないか。編集前に真田くんに聞きたいことが……」



すると龍は、ちょっと待って下さい、と無表情で言うと席を立ってどこかに行こうとした。



「先にお客さんに挨拶してきていいですか? きっと僕が帰るまで、この雨の中で待ってるでしょうから」



その時、奥からうちわを片手に出てきた50歳くらいの女性が龍に携帯を差し出した。



「リュウ、携帯が鳴ってるわよ? 登録していない番号からみたいだけど」



「あー…、いちおう代わりに出てもらえますか?」



けだるそうに外に出ていく彼を見送ったその女性は、はいはい、と言いながら電話に出た。



しかし、相手は電車の中からでもかけているのか? 声がよく聞こえない。



「………もしもし? よく聞こえないんですけど。どなたですかー?」

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