ピエモンテの風に抱かれて
一方、ファンには愛想よく振るまう龍をガラス越しに見つめていたアシスタントがつぶやいた。
「真田さんて昔はあんなじゃなかったですよねえ。前はもっとフレンドリーだったじゃないですか? あんなに素敵なのに…。アタシ、ちょっとガッカリしちゃった」
「まあな、あれだけ売れると人格が変わるヤツもいるから。真田くんに関しては変な噂も時々耳にするし…………あ、戻ってくるぞ」
お客さんに挨拶をしにいった龍は両手に沢山のプレゼントを抱えて戻ってくると、電話に出た女性に尋ねた。
「さっきの電話、誰からでしたか?」
「間違い電話だったみたいよ。どうする? 着信拒否にしておきましょうか?」
樹里の言葉が半分しか聞こえていなかった彼女は、間違い電話だと思い込んでいたようだ。龍は当たり前のように答えた。
「あー、そうですね。じゃあ前の事件のこともあるから。一応そうしておいて下さい」
「わかったわ」
やれやれ、とつぶやいた龍はプレゼントの山を無造作に床に置くと、汗を拭きながらパーソナリティの元に戻っていった。
残された彼女は、携帯を持つ手を伸ばして少し目を細めると画面をジッと見つめた。
「いやねぇ、最近細かい字がよく見えなくて…」
俗にいう老眼気味の彼女は、そこで初めてさっきの電話がどこからかかってきたのかに気づいた。
< +39115×××…… >
「なにこれ。+39って、イタリアの番号じゃない! でもあの子…、あの女の子……
…日本語喋ってたわよね?」
意味ありげな台詞と共に目が鋭く光ると…
携帯は操作され、無情にも樹里の番号は拒否リストに加えられてしまった。
「遠視のせいで気づかなかったことにしておくわ。ごめんなさいね、ジ・ュ・リさん」
老眼を遠視と言い張り、樹里の存在を知るこの女性は何者なのか?
龍が昔と変わった、というのはどういうことなのか?
樹里は彼と再会することはできるのか −?
物語は中盤の山場へと向かう。