ピエモンテの風に抱かれて
忘れたはずなのに…

『みなさーん。買い物のし過ぎに注意して下さいね。スーツケースに入り切らなくなりますよー。東京でもたくさん観光しますから!』



今日も飛鳥のイタリア語が絶えることはない。朝からサンサンと輝く太陽の下で箱根を後にした一行は、迫力のある富士山を間近に楽しみながら中央高速道路に入り、東京へと向かっていた。



『今日の昼食は各自ご自由に。バスの中でお渡しした案内図を参考にして下さいね!』



中央高速道路の、とあるサービスエリアで1時間半の休憩が取られる。

地方の名産品販売コーナー、デパ地下のような華やかな食品売場、野外に連なるB級グルメ屋台。

クラシック音楽が流れるホテルにあるような綺麗なトイレ。ドッグランや足湯、宿泊施設まで網羅する至れり尽くせりの場所だ。



『ヨーロッパのサービスエリアも捨てたものじゃないが、日本はここまで凄いとは。参ったな…』



皆がそう言って口々に感心する。全国のサービスエリアだけをまとめたガイドブックまで発売される人気ぶりに、

このエリアに来るためだけに、わざわざ高速道路を飛ばしてくる輩もいると聞く。



「ジュリ、私達はあえて別々にランチしましょ。今朝の地震に動揺してるお客さんも多いと思うから。出来るだけサポートに回って!」



「はい! そうくると思いました」



さあ、昼食がてらのフリータイムが始まるが、気を抜いてはいられないのは毎度のことである。まずは起きたばかりの地震についての質問だ。



『震度3であんなに揺れるなんて…。本当に怖かったけど、どうして日本人は全然慌てないんだ? テレビからは大きな音で警報が流れるし、ビックリしたよ〜〜』

テレビやラジオだけでなく個人の携帯電話にも流れる緊急地震速報。そして地震大国ならではの日本人の落ち着いた行動は、外国人が驚くことの筆頭にあげられるのでは。



『マスクをしている人を見ると、テロリストかと思ってドキッとするよ。それともまさか悪い病気でも流行ってるんじゃ……、だ、大丈夫なのか!?』

マスクをする習慣がない彼らの目にはかなり珍しく映り、同時に良からぬ印象も受けるらしい。



『いやらしい本でも読んでるのかしら? 文庫本にカバーかけるなんて、フフッ』

本を汚さない為のブックカバー。本屋では当たり前のようにかけてくれる。外国人には妙な誤解されることも多いが、これも日本独特なものだ。



『いやはやこんなに信号の多い国は初めてだよ! 東京でレンタカーをしようと思っていたんだが、運転が大変そうだな。やっぱり止めた方がいいかね?』

『東京で行きたいところがたくさんあるんだけど、今のうちに聞いていい? 孫が日本のアニメやアイドル歌手に夢中なの。 フィギュアや写真集を買えるところを教えて』



既に東京のガイドブックを片手に最終日のフリータイムを気にし、質問をしてくるお客さんも多い。



噂で聞いたことはある。毎年発行される東京のガイドブックは、去年のですら役に立たないことがあると。信じ難い話ではあるが、確かにそう言われてみれば、龍の新しいドラマの舞台も東京駅にほど近いオープンしたての観光スポットのはずだ。




− リュ…ウ? ううん、考えちゃダメ! −




彼のことは一切忘れて仕事に打ちこもうと決心したのはつい昨日の夜だ。樹里は頭を横にブンブンと振ると両手でピシャリと自分の頬を叩いた。すると背後から…、

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