ピエモンテの風に抱かれて

『やあ、ジュリさん。昨日ホテルの中庭でやった花火、楽しかったなあ〜。お土産に持って帰るのはやはり無理なのかね?』



明るいイタリア語が聞こえてきた。ハッとして振り向くとそこにいたのは、例の電車の中に忘れ物をしたおじいさんだった。



『あ、レオーネさん。そうなんです。火薬類は飛行機に持ち込めないので、他の方法を調べてみたんですけど……』



一般家庭でも楽しめる花火は外国にもあるが、日本ほど種類は多くない。派手なロケット花火や色が刻々と変わっていく鮮やかな手持ち花火は、大人でも充分楽しめる。意外にも人気なのは線香花火だ。

最後に小さな火の玉がポトリと落ちていく様に、わびさびと言った質素を重んじる日本の思想が感じられると、ウルッとくるお客さんもいたほどだ。



『別送出来ないかと思って配送会社に何件か問い合わせたんですが、特別な許可が必要で、お金もかなりかかると言われてしまいました』



残念そうな顔をするかと思いきや、Mr.レオーネは感心したように片手を額に当てている。



『わざわざ調べてくれたのかい!? いやあ、ジュリさんは本当に親切だね。いつも明るくて元気だし』



これぞ添乗員冥利につきるというものだ。樹里は思わずこう答えた。



『いえ、私には取り立てて特技もないので、少しでも皆さんの力になれればと思って…』



『特技がない!? そりゃあ謙遜ってもんだろう。日本語だって立派に話しているじゃないか』



樹里は思わず両手を胸の前にかざす。



『日本語は母が日本人なので当たり前のように喋っていたので、特技と言えるかどうか…』



そう言いながらも思い出してしまう。母親とだけ話していたのなら、ここまで日本語は上達しなかっただろう。

またしても龍の存在が大きかったのだと認識させられると、無意識に顔が強張ってしまった。そんな樹里の微妙な表情を悟った彼は、すかさず言った。



『ん? なんでそんな顔するんだい? ジュリさんには良いところが沢山あるんだから。日本語だけじゃないよ、この仕事は天職じゃないか? 細かいところまで気を使える素晴らしい添乗員だと思うよ』



『い、いえいえ! 私なんてまだまだです。先輩にだって色々と注意されるんですから』



Mr.レオーネは首を横に振っている。



『いやいや、日本語がわからなくても何を話してるか分かるよ。ビシッと注意されても素直に聞いているじゃないか。それに注意されるってことは見込みがあるってことだろう? 大丈夫、ジュリさんの人間性が良く見えるというものだ。うん』



彼はそこまで言うと、急に照れ臭くなったのだろうか。天を仰ぐと少しはみかみながら話題を変えた。



『そ、それにしても花火は残念だなあ。お土産にしていれば孫もすごく喜ぶだろうから!』



『じゃあ機会があれば次は是非お孫さんといらして下さいね! 日本は花火大会も素晴らしいんですよ』



『そうか、花火大会も観たいと思っていたんだ。次は新幹線にも乗りたいしなあ〜。そうだ、この際親族一同でツアーを組んでもらうとするか! その時は添乗員に樹里さんを指名させてもらうよ』



『えー、本当ですか? 光栄です!』



樹里がツアー客と和やかにしている一方で、飛鳥は一人で山梨のご当地ハンバーガーを頬張りながら、険しい顔つきでノートパソコンを眺めていた。



そこに映っている文字は……






< ファン立入厳禁! ここは傲慢な真田龍を叩くスレです >






飛鳥は画面から訝しそうに目を反らせると、深いため息と共につぶやいた。



「なにこれ…。リュウがそんなことを? うそでしょ……?」


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