ピエモンテの風に抱かれて
さあ気を取り直して次へと進もう。東京での5泊6日の樹里のガイドは果てしなく続く。
『皆様、熱中症には充分気をつけて下さい。水分を補給したければ、ヨーロッパとは違って街の至る所に自動販売機がありますから。買い方は最初にコインか千円札を入れて……』
自販機の買い方などの初歩的な説明から始まり、都内の観光名所は留まるところを知らない。
皇居、浅草寺、銀座、秋葉原、築地市場、新旧タワー。相撲観戦、歌舞伎鑑賞や茶道体験。主要スポットはあげるだけでもキリがない。
『これは一体何なんだ? え、消しゴム!?』
『オシュウギブクロってなあに? 綺麗ね〜』
途中に立ち寄った100円ショップで感嘆の声があがる。食べ物・動物・植物・乗り物などを模った可愛らしい面白消しゴムや、美しい飾りのついた御祝儀袋が飛ぶように売れる。
他にも使い勝手が重視されたキッチン用品、掃除用具など、数々の便利グッズが買物カゴに埋めつくされていく。
『デパート地下街の噂は聞いていたけど、あそこまで充実してるなんて、信じられない』
和食、洋食、中華。手の込んだスイーツ類。いったい何千種類の食品が並ぶのだろう。世界中を網羅するガイドブック、ロンリープラネットにも載っている < depachika > は、外国人のドキモを抜くようだ。
『日本の最新モデルを買うのを楽しみにしていたの。秋葉原に来れて良かったわ』
ショッピングのハイライトは何と言っても、メイド イン ジャパンの電化製品。帰りの飛行機での手荷物が多くなろうが別便でお金がかかろうが、惜し気もなく万札が飛び交っている。
そんな最中、樹里は街中に響き渡る聞き覚えのある声にドキッとして視線を上にあげると、一瞬にして体が硬直した。
< 真田龍です! この夏は、アパレル業界に舞う新鋭デザイナー役に挑戦します。お見逃しなく >
− リュウの新しいドラマの宣伝…? −
ビルの壁に掲げられている大きなオーロラビジョンから発せられたものだった。
『さ、さあ。次は電車の切符の買い方を説明しておきますね! こちらへどうぞ』
皆を引き連れてJR駅構内に足を踏み入れると…
− あれは……? −
またしても樹里の笑顔が引きつる。そこにズラリと貼られていたのは、龍主演のミュージカルのポスター。普通に街を歩いていてもこの有様である。この国で大スターになってしまった彼のことを忘れようとしても、どうしても無理があるというものだ。
僅かに肩を震わせている彼女の心中を察した飛鳥は、口の中でつぶやいた。
「ジュリったら…、やっぱり無理してるのね。どうにかしてあげないと」