ピエモンテの風に抱かれて

『さあ、今晩はお別れパーティーです。日本食の食べ放題ですからね。思いっ切り楽しんで下さい!』



二人の仲が気まずくなって一日が経つ。東京での波瀾万丈なツアーは、あっという間に過ぎていった。最終日のフリータイムを前にして、ツアー客全員が最後に顔を合わせる夕食は、昔ながらの日本情緒が溢れる屋形船だった。



『おーっ。アスカくん、スバラシイ! 君の美しさには目が眩むようだよ』



ピンクを基調とした可愛らしい浴衣に着替えた飛鳥がお酌をして回る。これには男性客が喜ぶこと請け合いだ。



そんな中、樹里は立ち上がると、一人でそっと誰もいない甲板に出てみた。向かったのは、闇夜に浮かぶ東京スカイツリーをバックに揺らめく笹飾り。ここにも多くの短冊が吊り下げられていた。




< 高校に合格しますように >

< 来年こそマイホームを! >

< ピアノの発表会がうまくいきますように >

< 家族の健康。これっきゃないでしょ! >



隅田川から吹く風に乗ってなびく色とりどりの美しい短冊。皆の想いが込められている −。



『さあ、皆さんも願い事を書きませんか?』



飛鳥は皆に短冊を配りはじめた。そしてキョロキョロと辺りを見回すと、甲板にいる樹里に気づいて話しかける。



「ほら、あなたも書けば?」



視線も合わせずに鮮やかな黄色の短冊を樹里に手渡した。




− 私の願いごとって、何だったっけ……? −




織り姫と彦星が幸せになれますように、という昔から変わらない願いごとは、いつの間にか自分に当てはめていたことに気づいてしまう。

いつか龍と一緒に暮らせますように、という独りよがりの淡い夢 −−。




− 私って、こんなにもエゴイストだったんだ −



しかも先輩にひどいことを言ってしまった自分に、願い事など叶えてもらうはずもない。潤んだ目頭を指先で押さえて自覚する。短冊を小さく折りたたむと、手の中で握りしめた。




一方、飛鳥はバスの運転手と都内の地図を広げてコソコソ話をしていた。屋形船からホテルまでの帰り道を確認しているようだ。



「…はい。……ではそういうことで。少し遠回りになるけど、よろしくお願いします」



何かを目論んだ彼女は、これでいいのよね…、と独り言をいうと、まだ夜風に吹かれている樹里の背中をしんみりと見つめた。

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