ピエモンテの風に抱かれて
涙の計らい
『日本には締めの儀式がありまして……』
パパパン、パパパン、パパパンッ、という3本締めが、屋形船のお座敷に響き渡る。
『いやいや楽しかった。また日本に来れたら、今度は船の上から花火が観たいな』
ツアー最後の宴が華やかに幕を閉じる。すっかりアルコールが回り上機嫌の一行を乗せたバスは、一路新宿にあるホテルへと…
向かうはずであったのだが −。
− あれ? 道が違うんじゃ… −
すかさず樹里が気づいたそこは、通るはずのない都内の中心にある赤坂だった。
見上げるほどの40階はあろうかという高層ビルの前に差し掛かかったところで、飛鳥が突然立ち上がった。そして彼女はおもむろにマイクを握った。
『え〜、皆様。ここでジュリに買物をしてきてもらいまーす。明日までお別れなので、オヤスミの挨拶をお願いします!』
「え? アスカ先輩、突然なに言い出すんですか!?」
「ジュリ。外をよく見て。ここはどこ?」
建物に貼られた巨大なポスターがライトアップされているのが見える。男女数名が写ったその中央に堂々と君臨しているのは…、
そう、ここは −。
「リュウが…、ミュージカルをやっている劇場?」
飛鳥は樹里の腕を掴んでバスを降りた。
「手短に言うからちゃんと聞いてね。この劇場にダンナの知り合いがいるって、今朝わかったの。そのツテで劇場のフリーパスを貰えることになったから」
寝耳に水、とはまさにこのことだ。樹里は一瞬何を言われているのか全く分からなかった。
「この建物の裏に廻るとに楽屋口があるから、そこで自分の名前を言って身分証明書を出して、パスポートは持ってるわよね? 用紙に必要事項を記入して、申請者の欄にはダンナの名前を書いて。ヒロシっていうの。漢字は博士の博、わかるわよね?」
あまりにも突然の出来事に、樹里は呆然としながら僅かに首を縦に振るしかなかった。
「ミュージカルの終了は21時。あと20分よ」
そう言いながら飛鳥は一旦バスに戻ると、中から樹里の手荷物と何やら細長い紙袋を持ってきた。
その紙袋の中身は…
「これは……?」