ピエモンテの風に抱かれて

それは…、



スーツケースの一番奥にしまったはずの、おじいさんの赤ワインだった。



「先輩、いつの間に?」



「勝手にスーツケースを開けてごめんなさいね。でもワインだって可哀相よ。わざわざ日本まで旅してきたっていうのに、このまま帰す気?」



丸一日気まずく過ごし、お互い仲直りのキッカケさえ掴めなかったというのに、こんな計らいをしてくれるとは余程のことだろう。
飛鳥の優しさが心に染みる。樹里はこれほど感激したことはなかった。



「ごめんなさ…、ごめんなさい。アスカ先輩にあんなこと言ってしまって、ずっと後悔していたんです」



「ジュリが仕事に手を抜いていたらこんなことはしないわ。ねえ、いつまでも怖がってちゃ駄目。リュウの気持ちを確かめるの。それに噂が真実かどうかもね」



飛鳥は続けて、コッソリと樹里に耳打ちした。



「ジュリが抜け出したことは、会社には絶対バレないようにするから」



何も知らないツアー客は、窓越しに樹里に向かって手を振っている。応えるように大きく手を振り返すと、飛鳥は樹里の背中を強く押した。



自分から謝るチャンスを伺っていたはずなのに、やはり飛鳥の方が一枚上手だった。心の底から彼女に感謝し、言われた通りに建物の裏側に向かった。




− えっと…、楽屋口、楽屋……、あそこかな? −




そこには一目でファンだとわかる2人の女の子がたむろしていた。出演者の出待ちに違いない。舞台が終わる前にいるということは、今日のチケットを買えなかったのかも知れない。



樹里は彼女たちに少し遠慮するような気持ちで、楽屋口に立っている警備員に声をかけた。



「あの…」

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