ピエモンテの風に抱かれて

− 10回…、20回……、やっぱり出ない…… −




携帯からは虚しい呼びだし音が聞こえるだけ。バスはちょうどホテルに着いたころだろう。明日のフリータイムを目前にし、ツアー客からの最後の質問にてんてこ舞いしている飛鳥の姿が容易に想像できた。

他に確認できるところも思い当たらない。日本側の旅行会社を思い出したが、添乗員がガイドの苗字を聞くなんて妙に思われるだけだ。しかもその理由を言えるはずもない。

終演まで10分を切っている。刻々と迫ってくる時間に焦りはじめた樹里は、



「実は……」



仕方なく本当のことを話した。結婚したばかりの先輩の苗字を忘れてしまったこと。他に調べる術がないことを。



「なるほど、そういうことですか…」



事情を察した彼が腕組みをしながら考えごとをしている。何か、何か良い案を出してくれるのかと期待したものの…



「う〜ん、そうなるとなると、パスは出せないですね。残念ですが」



当たりだが無情の一言が下される。




− そんな、ここまできて!? −

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