ピエモンテの風に抱かれて
「でも、でも私、どうしても会いたい人が…、会わなくちゃいけない人がいるんです! どうにかなりませんか!?」
ここで引き下がる訳にはいかない。樹里の必死な様子に、何かを感じ取った警備員は次第に眉をひそめ始めた。
「…会いたい方? どなたにですか?」
それまで協力的だった彼の態度に暗い影が生じてくる。その異変に樹里は全く気づきもせずに…
「真田龍さんです。私、実は彼の幼なじみで、イタリアから来たって言ってもらえば……」
「真田さん? 座長の?」
言い切らない内に警備員の言葉がかぶる。彼の瞳が完全に鋭い光にかわると…、
「はあ〜、そういうことですか」
− そういうこと? −
「この前も真田さん目当てで劇場に入り込もうとしたファンがいましてね…。ああいう人達は本当に気をつけなきゃいけないんです。あの手この手で色んな理由をつけてくるんですよ」
」
「そんな、私は本当に彼の幼なじみで……」
「あなたがそんな人とは思いたくありませんが、とにかく書類に不備があるとパスを出すわけにはいかないんです」
キッパリと言い渡されると、もう抵抗のしようがない。
「あ、真田さんに会いたかったら、帰る時にここを通りますからあそこで待っていて下さい」
最後にそう付け足した彼は、基本的には親切な人なのだろう。出待ちをしている女の子たちがいる方向を指差されると、それに従うしかなかった。
「すみませんでした。お手数かけて…」