ピエモンテの風に抱かれて
「やっぱさぁ、もう一回はリュウを観たいよね」
樹里の隣にいる女子大生とおぼしき二人組は、ずっとアイパットの大きな画面を食い入るように見ている。
「ほら、落札まで後3分だってのに、また上がった! どうしよう?」
何をしているかは一目瞭然だ。龍のミュージカルチケットを、ネットオークションで競り落とそうとしているのだ。
「前から5列目のセンターブロックが連番で取れる日なんて他にないでしょ? 絶対落とそう!」
「わかった。高い買物だけど仕方ないか。バイト増やせばいいんだもんね」
そう言いながら必死に画面を操作していた彼女たちは遂に悲鳴をあげた。
「ぁあああ゙っーーーー! 誰よおぉ〜〜? 最後にいきなり5千円も上げるなんて!? もう無理だってばっ」
結局彼女たちは競りではなく、肩を落とすはめになった。
− リュウの人気って、本当に凄いんだ。だったらこんな所で待ってても……−
改めて思うと、日本のファンの生の声を聞くのは初めてだった。樹里の不安はどんどん募っていった。
時は21時35分 −。
気がつくと周りには人の大群がいた。舞台が終了し、ちょうどアンコールも終えたと思われる時間である。その数はゆうに100人、いや150人は越しているではないか。
樹里の不安は的中した。こんなに人が集まろうとは −。
− 大変。こんなじゃ声なんて掛けられない! −
すると徐々に出演者が出はじめてきた。手足がやたらと長く、抜群にスタイルの良い彼女らはバックダンサーに違いない。車には乗り込まず、普通に徒歩で帰宅するようである。
それを見た樹里は、はたと気づいた。
− あの週刊誌の彼女もここから出てくるの? −
同じミュージカルに出演しているという噂の彼女に会ってみたい気持ちと、会いたくない気持ちが複雑に交差していた。
すると樹里の心の声が聞こえたのかのように、隣の女子大生もヒソヒソ話を始めた。
「ね…、例のキス女も出てくるのかな…?」
「あ、まだ知らなかったんだ。彼女、脚を骨折して舞台を降板したんだよ」
− 降板……!? −
「えー、このタイミングで骨折ぅ? うそぽっくない〜??」
「やっぱそう思う? 絶対降ろされたんだよね。世間を騒がせた代償ってやつじゃない?」
それは確かな指摘だろう。あれだけ話題になった彼女がこの場に登場すれば、また騒ぎが起こってもおかしくないのだから。
すると一部から、キャー! という歓声が上がった。主要キャストたちのご帰還だ。慣れた様子でファンに手を振りながら迎えに来た車に乗り込んでいく。
そんな光景を目の当たりにしてしまうと、樹里の困惑は頂点に達した。
− せっかくのチャンスなのに……! −
唇をギュッと噛みしめた、その時 −。