ピエモンテの風に抱かれて
人気のないマンションの裏に車を停めた薫は、携帯を手にすると誰かに電話をした。それは神妙な口ぶりだった。
「………そうよ。まさか彼女がこんな所まで来るなんてね。このままだと大変なことになるわ。だから明日、あの写真を持って劇場に来てくれる?」
電話を切ると、バックの中からタバコを一本取り出した。
そしてライターで火をつけると、20階にある龍の部屋の窓を見上げた。
「ジュリさんには悪いけど…、あなたは日本に来るのが少し遅かったのよ」
薫は誰に電話をしたのか? 樹里の気づかないところで何かが起きようとしている −。
薫が、ふうっ、と吐いたタバコの煙が、都会の闇にユラユラと消えていった。