夜香花
 ちらりと深成は、顔を上げた。
 すぐ前の、真砂の背を見つめながら進んでいた深成は、ふと己の手の違和感に気付いた。
 確か、苦無の袋を持っていたはずだ。

 何があってもあれだけは、離さないように大事にしてきた。
 だから、宴の後で外が騒がしくなったときも、わざわざ袋の中に端切れを入れて持っていた。

 そのまま飛び出したのだ。
 だが今、深成の手にはない。

「ま、真砂。わらわ、小さい袋を持ってたはずなんだけど」

 焦って言うと、真砂は前を向いたまま、袋? と答えた。
 
 思わず深成は口ごもった。
 あれは真砂に貰ったものだ。
 幸い今まで使うことなく、貰ったときのままだが、武家の姫として嫁に行こうとしていた者が、あのような物騒なものを大事にしていたというのは如何なものか。

 しかも、綺麗な入れ物に入れ替えたわけではない。
 姫君が持つには全く不釣り合いな、使い込まれ、くたびれた袋のままだ。

 その上、他の者からすると、単なるぼろ切れでしかない端切れも一緒に入っている。
 深成にとっては、その端切れのほうが大事だったのだが、あんなものをまだ後生大事に持っていたことを、元の持ち主である真砂に知られるのは恥ずかしいではないか。
 それだけで、深成の心がバレるというもの。
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