幻桜記妖姫奧乃伝ー花降る里で君と
二日後、部活を終えた礼太は挨拶もほどほどにテニスコートを飛び出した。


華澄には急がなくても良いと言われていたが、なんとなく和田と華澄を再び遭遇させたくなかったのだ。


(あの二人、ものすごく相性悪そうなんだよな)


いらぬ諍いの種は礼太の望むところではない。


それに、今は少し部活の空気の中にいるのが気まずい、というのもあった。


この一ヶ月、家業に同行するために、かなりの回数部活を休んだ。


誰も口には出さないが、面白くないと思っている同級生や先輩がいることは薄々感じていた。


緩いとはいえ運動部。


やはり部の規律というものがある。


さぼりなどもってのほかなのだ。


礼太はただでさえ土曜日部活に出れていなかった。


さぼりが慢性化しているのだと、誤解されても不思議ではなかった。


ただ、礼太の家のことを知っている人も何人かいるわけで、かく言う顧問も、部活を休む日が多くなるかもしれないと伝えると、理由も聞かずにうなづくだけだった。


何も知らない和田は心配しているようだ。


家の用事なのだとは言ってあるが、詳しいことは言えないし、何か他にいい理由を咄嗟にでっちあげられるほど礼太は器用ではない。


その結果、和田との間に妙な空気が流れるようになった。


心配する和田と申し訳なく思っている礼太。


お互いに悪意があるわけではないので大したことはないが、それでもどこか気まずいのは間違いなかった。


「あれー、急がなくていいって言ったじゃん」


走ってきた礼太に、華澄はおかしそうな顔をした。


「相手は学校なんだし、生徒が帰りきらなきゃどうせ仕事できないよ」


今日の華澄は、ひと昔前に一世を風靡したバンドのボーカルの顔がプリントされたTシャツに、ジーンズというラフな格好をしていた。


髪型はポニーテールで、よく似合っている。


小学生にはとても見えない。


「聖は?」


「あそこ」


華澄が指さす方を見ると、見慣れない黒い車が少し先に止まっていた。


「………誰の車?」


いぶかしむ礼太を、華澄はまぁまぁとなだめる。


「すぐ分かるって」




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