狂想×Holic
「この間って、先月の話だろ」
「……たぶん」
「俺らがどこに行ったか、お前見てた?」
「……そこまで見てない」
私が小声で答えると、彼は私を腕の中に閉じ込めたまま、鞄から小さな箱を取り出した。
差し出されたそれを、私は何の気なしに受け取る。
「……俺、よく考えたらお前のサイズ知らねえなと思って。だから、同僚に選ぶの手伝ってもらってただけ」
青いサテンのリボンを解き、黒い蓋をゆっくり開けば。
滑らかなピンクゴールドの輪に嵌められた石が、台座でキラリと輝いた。
「……指輪だ」
「うん」
「……私に?」
他に誰にやるんだよ、と彼が笑う。
「それは、プレゼント。婚約指輪は今度二人で選びに行こう」
そう言って薬指に嵌めてもらった小さな輝きが、無性にくすぐったくて。
思わず彼の胸に顔を押し付ければ、ふわりと石鹸が香った。
混じり気のない。
私の知る、彼の匂いだ。
「……プレゼントに指輪とか、重い」
「そうかな」
「……あんたと結婚するとか、誰も言ってないし」
「……俺とは、嫌?」
不安に揺れる声。
彼はこういうことを、何でもかんでも鵜呑みにする。
……汲みなさいよ、馬鹿正直者。