不器用上司のアメとムチ

「久我さん……」


控えめに、呼びかけてみた。だけど当然反応はない。

そりゃそうだよ……あたしは、久我さんの大切な人じゃないんだもん。


でも、聞いてないなら……今まで言いたかったこと、全部ぶちまけてもいいかな。

面と向かっては言えなかったこと……今なら言える気がするの。


あたしはすうっと息を吸うと、久我さんに向かって語りかけた。


「あたしは、たぶん……管理課に来た初日から、久我さんのことが気になってました。
ほかの人がみんな冷たい中、久我さんだけが普通に接してくれて……あのとき、すごく救われてたんです」


穴あけパンチの存在も知らないばかな私に呆れながらも、笑い飛ばしてくれて。

お昼には美味しいメロンパンを買ってきてくれた。


「あのメロンパン……どこに売ってるんですか?あたし、もう一回食べたいです。ねえ、久我さん……」


無意味だとわかっていても、名前を呼んでしまう。

けれどあたしの声は、病室の静けさに負けて頼りなく消えていく。


「初めてキスしたときのこと、あなたは忘れてるみたいだけど……
あたしの中にはずっと消えない記憶として残ってるんです。だって、その時気づいたんだもん。久我さんのことが、好きだって……」


一瞬で恋に落ちて、一瞬で地獄に突き落とされたあの日。

翌日にはあたしの部屋まで来たくせに……またあたしを傷つけて帰ってしまって。


「久我さんには、振り回されてばっかり……」


わざとらしく大きなため息をつきながら、あたしは言った。


嫉妬したり迫ってきたり、かと思えばあっさり突き放して。

久我さんの考えがわからなくって、あたしは殻に閉じこもった……


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