エリートなあなたとの密約
きっと彼はいま、週明けの清々しい朝に反した最低な気分を味わっているに違いない。
「松岡さん、幸原くんがもの凄ーく困ってますよ」
スマイル・キラーを牽制した私のひと言で、ハッピーくんの表情が一気に明るくなる。
「そ?じゃあコーヒー淹れてね」
「……はいはい」
「ここは、“はい、大好きなお兄さま”でしょ?」
「……それはメイド・カフェでどうぞ」
「目の前に美女がいるのに行くワケないじゃん」
そもそも事の発端である一杯のコーヒーために、幸原くんは運悪く絡まれたのだ。笑顔で人を操るかの人は、絵美さんの言うとおり真性のドSだ、とこういう時に納得するばかり。
「し、失礼します!」
私たちのやり取りも一件落着したところでボタンを素早く押し、扉の開いたエレベーターに乗って逃げようとする幸原くん。
ドアが閉まるまで何故かペコペコと頭を下げる彼に苦笑で詫びると、静寂を取り戻したフロアをふたりで歩き出す。
暫くして到着したのは、20階を占める試作部の通用口。そこは閉塞感たっぷりの威圧感あるドアが部外者の入室を拒む。
暗証番号を入力した松岡さんに続いてカードをかざし、次に指紋認証。揃って許可のサインが下りたら、試作部フロアへ入室が許可される仕組みだ。
異動当時から厳重だったものの、年々セキュリティが厳しくなるのも致し方ないと思う。
ネットワーク社会が生んだ歪み。もとい、開発ゆえに幾重もの措置を取らざるを得ない環境であるから。