エリートなあなたとの密約


ニヤリ、と笑ったその視線が捉えるもの――それはいつの間にか移動したのか、彼のデスクの真向かいに鎮座する私の椅子だ。


「また人の椅子を……」

「お兄さまは寂しいの」

「嘘っぽいですよ?」

「そんなこと言うと泣いちゃうよ?」

拗ねたような表情をする松岡さんはいつでもこう。私をはじめ、色んな人の機嫌を操って楽しむ節がある。


ともあれ、三十路を過ぎた男性らしからぬ発言にも気色悪さを感じないのは、この人の顔の良さと人となりゆえだろうか?


どら猫気質なのに、妙に人懐っこいとくるから困りものだったりする。でも、それが彼の魅力であり、人を引きつける最大の武器だと思う。


「真帆ちゃーん」

「はい」

今日も完敗の私は心の中でくすりと笑うと、彼の向かいに置かれたオフィス・チェアを引く。


落ち着き払った人と対峙すると、早速スマイル・キラーの異名に違わぬニヒルな微笑をお見舞いされる。……もちろん私はとうの昔に免疫が出来ているけれどね。


すると彼は真っ黒な瞳で手中にあるカップを見つめながら、「今日もかわいい」と呟いた。


「ですよねー。海外限定ってホント購買欲をそそります」

「えー、妹のコト褒めてるのにぃ」

そう、これらは世界的に有名なコーヒー店の限定マグカップ。海外に行く度、現地の店舗でゲットして帰国するのが定番だ。


「そう言う松岡さんの視線は、見事にカップにありましたけど?」


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