エリートなあなたとの密約
常日頃、私のことを妹と言って面倒を見て下さる松岡さん。
だが、こういった時の対処法なんて絵美さんしか知らないはず。本性の見えない彼の珍しい態度に、私はつい目を見張ってしまう。
「わー、ひどーい!
でもそのクールな顔、めっちゃスキなんですぅ!間近で見られてラッキーです!」
さらに女性に優しい筈の彼が、その直球勝負な発言さえも見事にスルー。隣にいる私はもう不穏な空気に呑まれてしまいそう。
当事者の奥村さんはまだ笑っているけれど、松岡さんを見つめる彼女の瞳がほんの僅かに揺らぐのを見てしまった。
その瞬間、勝手に動いた口で「あっ、松岡さん!」と素っ頓狂な声を上げていた。
すると、「なぁに?」と、私の呼び掛けにはいつもの穏やかな顔と声色で返してくる松岡さん。
「私、総務に用事があるので、ええと」
「悪い悪い。気ぃつけて~」
これが数秒前まで重苦しい雰囲気を作り上げた張本人の態度だろうか?そう口にしたくなるのをグッと堪え、代わりに頭を小さく下げた。
ようやく解放されたところで、「では」と言葉短くその場を離れた私は、大急ぎで自席から書類を持って部屋を飛び出すことに。
本当に総務に用事はあったのだけれど、これほど慌てるほどでもない。ただ、新たな勘違いを生むだけのあの場にいるのはやはり躊躇われた。
「邪魔。仕事するつもりないなら帰れ」
そんな私が小走りに構造課を抜けようとする途中、松岡さんの容赦ないひと言が彼女に向けられていた。