エリートなあなたとの密約
そのまま立ち上がった彼女は、障子と窓の間に設けられた縁側へと足を踏み入れる。
小さな背中なのに、やっぱり佇まいの美しさが際立っていて。そんな彼女を私は黙って見ていた。
「修お兄ちゃん、本当に素敵な人に出会って安心しました」
「え!?わ、私っ!?」
動揺を見せる私のことを、ピカピカに磨き上げられた窓越しに見ながら彼女が静かに口を開く。
「私の実家、ここからすぐ近くにあるんです。……簡単に言えば、梨園です」
背中越しにされた、突然の告白。その事実を耳にした私が今度は目を見開く番だった。
それでも、母が歌舞伎を好きで歌舞伎座にも学生時代は共に赴いていたのですぐに思い至る。
——人間国宝の父と歌舞伎界のプリンスの親子が有名な屋号のことではないか、と。
顔立ちこそふたりと違うものの、艶やかな黒髪は確かに同じ。何より、彼女の美しい所作は独特なその世界で身に付いたのかもしれない。
言葉遣いもフランクなようでいて崩れていない。さらに存在感が一線を画している理由にも納得した。
こちらから表情までは窺えないものの、透明な窓が彼女の翳りある表情を映していた。
「でも、私が緒方と名乗る限り、……いえ、もう過去のことです。
名古屋に逃げて、ありふれた生活をして……おかげで、私はたくさんのことを学びました。
こうしてまーくんのお店にも来られるようになったのも、実は最近のことなんですよ。
彗星さんもロボ……いえ変わった人ですけど、今とても幸せなんです。——きっと修お兄ちゃんも一緒ですね」
懐古するような眼差しをもって、こちらへ向き直った彼女。だから、私も穏やかに微笑み返した。