禁恋~純潔の聖女と騎士団長の歪な愛~
「……アン……!!アン…!」
鉄格子を掴むリヲの頬に涙が伝う。
麗しかった愛する少女。
いつだって穢れ無く生命の美しさをその身から溢れさせていた少女。
それが、今、目の前の彼女からは悲惨さしか伝わってこない。
アンがどんな日々を過ごしてきたかが分かる。どんな苦痛を与えられ、どれほどの恥辱を味わわされて来たのか。
「…っ…、…すまない…っ…すまない…アン……」
嗚咽を堪えながらリヲはひたすらに後悔した。
もっと早く彼女を助けに来なかった事を。いつまでも騎士の誇りを捨てきれなかった自分を。あの夜、教会で彼女に背を向けた事を。
「リヲ様、急いで下さい。巡回の者が来ます」
密偵の者が辺りを見回しながら牢の鍵を開けると、リヲは中に入り一目散にベッドへ駆け寄り横たわるアンを左腕と半分失った右腕で抱きしめた。
「アン…!俺だ…リヲだ…!!目を覚ませ…!」
そう呼びかけ、汚れた頬を何度も手で撫でる。
「アン…もう大丈夫だ、迎えに来たぞ…!!」
リヲの必死の声に応えるように、やがてアンの瞼はゆるゆると開かれ、瞳にその姿を映し出した。
「……………にい…さん………?」
乾いた唇が震え、掠れた声が呼んだ。
その弱弱しい声を聞いて、リヲの瞳からとめどなく涙が溢れる。
「アン…!!…すまなかった…来るのが遅くなってしまって…本当に…すまなかった……」
零れる涙を拭いもせず、リヲは不自由な腕でアンを固く抱きしめた。そしてアンも、ゆっくりと細い腕をまわし、か弱くもリヲの背中を抱きしめ返す。
「……来てくれて……ありがとう…兄さん……。……必ず来てくれるって……私…信じてたよ……」
衰弱し、言葉を紡ぐ事さえ辛そうな声であったが、その響きは優しさと希望に満ちていた。
「……アン……!!!」
十数年ぶりに抱きしめた愛しい少女の身体は、やつれ壊れそうなほどに痩せこけていたが、それでもほのかな温もりをあの日と同じようにリヲに伝えていた。
――アン。
世界でたったひとりの、愛しい女(ひと)――
腕の中の弱弱しい生命の温もりを、リヲは必死で抱きしめる事しか出来なかった。