禁恋~純潔の聖女と騎士団長の歪な愛~


「リヲさま、急ぎましょう。見張りの者が巡回に来てしまいます」


密偵の者が辺りを見回しながら言うと、リヲはそれに頷いてアンの身体を抱きかかえた。

しかし、片腕だけではどうしても彼女の全身を支える事が出来ない。


「アン、すまないが俺の首に掴まっててくれ」

「……兄さん……その腕は………!?」


初めてリヲの右腕の肘から先が無くなっている事に気付いたアンは、蒼白な顔をして恐る恐る尋ねた。

けれどリヲはそれに優しく微笑むと

「…俺は、もう騎士じゃない。他の誰でもない、お前を守りに来た唯の男だ」

そう静かに答えた。

リヲの言葉に、アンの翠水晶の瞳がみるみる涙で濡れ出す。

「…兄さん…!!兄さん…!!」

泣きながらリヲの首筋に腕を回し、固く抱きしめたアンを、リヲは不自由な腕で抱き上げ慎重に牢を出た。



「侵入者だ!!女が脱走したぞ!!」

地下水路への梯子を降りようとした所で、廊下の奥から声が響いた。

「まずい…!見つかったか…!」

表情を険しくしたリヲが梯子を握っていた手に力を籠め上を見上げると

「ここは私が食い止めます!リヲ様は急いで逃げて下さい!!」

と、密偵の者が剣を構えながら地下水路への出入口を塞いでるのが見えた。

「すまない、恩に着る…!!」

出入口が閉じられ、真っ暗になった地下水路の道を、かぼそい蝋の灯りを頼りにリヲはアンを抱えながら走り逃げ続けた。




「ヨーク様、地下牢に捕らえていた女が脱出したとの報告が届きました」

粗暴な上司に失態を報告に来たギルブルクの兵士は震えながらそう告げた。

そして気の毒なことに、案の定その兵士は憤怒したヨークに顔面を殴られその勢いで床へと転がる羽目になった。

「す…すみません!どうやら内から手引きした者がいたようで…。その者は既に始末したとの事です」

「馬鹿野朗!!当たり前だ!!手引きした奴も女も、それから他にも女を逃がしてる仲間もいる筈だ!全員ぶっ殺せ!!一人たりとも逃がすんじゃねえ!!」

怒り狂うヨークに「は、はひっ!!」と殴られて呂律の回らなくなった口で返事をし、兵士はオタオタと部屋から出て行った。

再び一人に戻った自室で、ヨークは乱暴に椅子へと身を投げると

「…っきしょう、面白くねえ!!
…闇の力も女も…結局俺には何一つ残らねえってのかよ…!!」

苦しげにそう嘆き、両手で顔を覆って天井を仰いだ。


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