禁恋~純潔の聖女と騎士団長の歪な愛~
リヲは、アンを抱きかかえるように自分の馬に乗せ走らせた。
衰弱しているアンにとっても片腕を失っているリヲにとってもそれは不自由で危うい行為で、手引きの男たちが心配して止めたが、決してふたりは離れようとはしなかった。
左手で手綱を繰り、半分失った右腕で自分の前に乗せたアンを必死に抱き寄せる。
アンも、力の入らない腕で一生懸命リヲの身体にしがみつきながら、ふたりは一心にこの地から遠ざかった。
やがて、リヲたちは懸命に馬を走らせた甲斐あって、ギルブルクの追っ手に捕まる事無く、間者の男が言っていた森の小屋へと辿り着いた。
鬱蒼とした森は昼でも夜のように暗く、逃亡者が身を隠すにはうってつけの場所である。
質素ではあるがしっかりした作りの小屋に着くなり、中から中年の男女が出てきてリヲたちを出迎えた。
「リヲ様!アン様!!話は窺っております!早く中へ!!」
そう言ってふたりを招き入れ、男はリヲの治療を、女はアンの世話を早速に始めた。
「無茶をしすぎです、リヲ様。傷口の状態が良くありません。止血した場所が開いてまた血が出ている。このままでは破傷風など感染症を引き起こしますよ。血を流しすぎて身体も冷えている」
男は元デュークワーズの宮廷医師だった。
リヲも見知ったその男は心配そうな顔をして腕の治療を進めたが、リヲ本人は腕の傷以上に心を痛めていた。
「俺の辛さなど、アンの苦しみに比べたら何でもない。こんな…こんな腕などさっさとくれてやって、もっと早くアンを助けに行くべきだった…」
悔しそうに顔を歪めるリヲを見て、医師は刹那、悲しそうな表情を浮かべると
「とにかく、今は安静にして一刻も早く体力を回復して下さい。リヲ様にもしもの事があったらアン様が余計に悲しみますよ」
そう言って、医師として気丈に振舞いながらリヲの治療を進めた。
しばらくして腕の止血と感染予防の消毒が済むと、アンに着いていた女性が部屋へと入ってきた。
「アンは?」
すかさず尋ねたリヲに、女性…医師の助手は
「お身体を綺麗にして、今はベッドで休まれています。相当体力を消耗しているようなので、目が覚めてからお食事をしてもらいましょう」
と答えて、医師の手伝いをすべく包帯を棚から出した。
やがて治療が済むとリヲは立ち上がり医師たちに告げた。
「ありがとう、おかげで俺もアンも助かった。今宵は安静にする事を約束する。だから…しばらく小屋にアンと二人きりにしてもらえないか」
その言葉に医師と助手は顔を見合わせた。
しかしすぐに、過酷な戦いを乗り越えての兄妹の再会でお互いを労わり話したい事も沢山あるのだろう、と考えると
「分かりました。私たちはふもとの村にいますので何かあったら呼んでください。くれぐれも無理をしないように」
そう言い残し、小屋を後にした。