禁恋~純潔の聖女と騎士団長の歪な愛~



陽が西に傾き始めた頃、アンは眠りから目覚めた。

夢の中でずっと髪を撫でられていた感触。

それが夢ではなく現(うつつ)だと分かったのは、ゆっくりと瞼を開いた瞳に、穏やかに微笑むリヲの姿が映ったからだった。


「……にい…さん……」


さっきよりは幾分潤いを取り戻した声でアンが呼ぶ。


「…目が覚めたか?腹が減っているだろう、今、食事を持ってくる」


そう言って彼女の髪から手を離し、ベッド脇の椅子から立とうとしたリヲの服の裾を、横たわったままのアンの手が弱弱しく掴んだ。


「…行かないで……離れないで、お願い…」


消え入りそうな声で訴えたアンに、リヲは微笑んで頷くと再び腰を降ろして、裾を掴んでいた彼女の手をそっと握った。

その様子に、アンが安堵の笑みを浮かべる。

しばらく穏やかな視線で互いを見つめていた二人だが、やがてアンが静かに口を開いた。


「…夢を見ていたの……昔の、夢」

「夢?」


聞き返したリヲに、アンは嬉しそうに小さく頷いた。


「…覚えてる?小さい頃、剣の稽古に森へ行った兄さんを追いかけて、私、迷子になってしまった事があったの。あの時の、夢」


時折吹く風にカタカタと揺れる窓の音に掻き消されそうになりながらも、アンはベッドの上で静かに話し続けた。


「あの時、橡の大木の下で一人で泣いていたら…兄さんが見つけてくれたんだよね。

何も言わず、ただ黙って私を見て立っていただけだったけど…私、すぐに分かったよ。兄さんが探しに来てくれたんだって。

嬉しかった……。私、知ってたんだ。いつだって兄さんは口では何も言わないけど、いつも必ず私を守ってくれてるって。必ず助けてくれるって。ずっと…信じてた…」


そう話しながら、アンはリヲを映す瞳を柔らかく微笑ませた。

リヲは胸が締め付けられる思いでアンに手を伸ばすと、彼女の白い頬をそっと撫でた。

それを嬉しそうに受け入れ、アンは一層目を細める。


「……助けに来てくれてありがとう、兄さん……」


リヲの手に、自分の手を重ね、アンは微笑んだまま涙を零した。

頬を伝った涙がリヲの手に幾筋も触れ、熱い感触を残していく。

その感触に、リヲも込み上げる雫を溢れさせ、零れる嗚咽に声も出せないまま首を横に振った。


どんな絶望の淵に立たされようと、こんな自分を最後まで信じてくれていたアンが、狂おしいほど愛おしい。

そして、それに背を向け続けてきた後悔の痛みは、息が止まるほどリヲを責め立てた。


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