鬼神姫(仮)
「知羽様、ですよね?」
巴は襖の向こうを動く影に声を掛けた。そこにはきちんとした襖があるにも関わらず、巴には誰が通っているのかがよくわかった。
「ああ」
一拍置いて、襖が開けられる。そこには真っ白の髪に赤い瞳をした鬼がいる。小柄ながらもそこから発せられる空気は彼が只者ではないのとを示しているようだ。
「お変わりないようで」
巴は知羽に向かって、深く頭を下げた。はらりと揺れる髪が畳につくまで頭を下げ、知羽の言葉を待つ。
「……呉(くれ)、いや、今は巴だったか」
知羽の質問に巴はどちらでも構いません、とだけ答えた。自分の後ろでは七海が同じように頭を下げているのが判る。
何処に誰がいるのか、何をしているのか。巴にはそれが全て手に取るように判るのだ。
二つ先の部屋では銀と陽が談笑をしている。
それより先の部屋では緋川が分厚い書物を読んでいるし、その隣の部屋では浅黄が繕い物をしていて、そのまた隣では蒼間が既に寝ている。
この屋敷内のことは全ては把握出来る。
それが巴に備わった能力なのだが、鬼達には能力はない、と伏せている。理由は単純明快。利用されたくないから、だ。
「お前は随分と変わったな」
知羽は巴の前に腰を下ろした。
「何百年が過ぎたとお思いですか。これでも私は変わらぬつもりです」
とはいえ、こんな言葉遣いは慣れなかった。それでも口をついて出るように喋る。
「覚えているのはお前だけなんだな」
知羽がぽつりと溢すように言う。
「……そのよう、ですね」
確かに、彼らは何も覚えていないようだった。覚えていたとしたなら、鬼神姫に心からの忠誠を誓わずにはいられないはず。