鬼神姫(仮)
「お寂しいのですか?」
巴が尋ねると、知羽が頭を振るのが判った。絹糸のような細い髪が宙を舞う。
「いや、寂しくなんてない。あいつらは、あいつらであって違うのだから」
巴はそれを羨ましく感じた。いや、そう感じたのは呉の部分だ。巴であって、巴でない人物。
彼の、北の番人である氷沢呉だ。
いや、やはり違う。羨ましく思ったのは巴だ。全てを覚えていない彼らを羨ましく思った。そうすることによって、ただの人間として生きられるのだから。
「動向は判ったのか?」
知羽に尋ねられ、巴は下を向いたまま首を横に振った。
「申し訳ございませんが、向こうも結界を張っている様子。何も判りません」
見ようにも見れないのだ。あちらは相当用意周到のようだ。
──私の存在を知る番人の一人。この能力に対抗策を練っていても何ら不思議はない。
となると、あちらの西の番人も、全てを覚えているということか。
巴はそう思い切りながら、彼の西の番人の姿を思い浮かべた。
一見、優しげな風貌をした男だった。柔らかい物腰に、柔らかい笑み。いつも四人の番人を纏めていた。
そして、一番輪廻を取り払おうとしていた男。
巴は──呉は彼を嫌いではなかった。寧ろ、好意を寄せていた。彼の微笑みに胸を高鳴らせ、彼の科白に頬を染めた。例え、結ばれぬ運命だとしても。
「輪廻は断ち切れない」
巴の考えを読み取ったのか、知羽がそう告げた。
「……ええ、そうです」
ならば、この胸は再びあの男を想うのだろうか。
ならば、この心は再びあの男を欲するのだろうか。
「じゃあな」
知羽は短く言うと、立ち上がっては直ぐ様部屋を出ていった。巴は彼の気配が完全に消えてから顔を上げる。