廓にて〜ある出征兵士と女郎の一夜〜
『オレはもう、何もかも信じられなくなったよ』
悟は、お陽に訴えていた。
『日本の憲兵は、そりゃぁ恐ろしいさ。静岡で徴兵逃れをした、たった一人の兵隊を、日本全国隈無く探すんだ。まるで指名手配だね。
ちょうど海が時化(しけ)ていて、船が出る機会を待っていたが、下関にも長くは居られなくなり
九州に渡った。
やっと船主と話がついて、時化もおさまり、さあ逃げられると思った矢先、
小倉の港で憲兵隊に取り押さえられたんだ』
お陽は悟の横に寄り添って、彼の話を固唾を飲んで聴いていた。
『おっかさんかい?』
悟はため息を吐きながら、お陽に背を向けた。
『そうだ。母さんがオレを売ったんだ。
手紙を憲兵隊に差し出したのさ』
母親が、悟からの手紙を憲兵隊へ差し出し、足がついた。
『妻と二人、半殺しの目に遭うくらいなら、舌を噛みきって死んでやろうと言っていたんだ。
だが、オレは何もされなかった』