廓にて〜ある出征兵士と女郎の一夜〜
お陽には、悟のすすり泣く声が聴こえた。
自分の頬にも、いつの間にか涙が伝っていた。
『……それから、オレは髪を刈られ、赤いタスキを掛けさせられて、
皆の前に立たされた。
【お国のため、天皇陛下のために、誓って我が身を捧げます。鬼畜米英を打ち倒し故郷に錦を飾ります】
まるで踏み絵のような、嘘っぱちで綺麗事を大勢の前で宣言し、静岡の田舎駅を出発したのが一昨日のことだ。
オレの身内は誰一人見送りに来なかった。
来られても有り難くなんてないがね』
悟の耳には
【天皇陛下万歳!!】
そう叫ぶ故郷の人々の声が いつまでも谺(こだま)する。
彼の心は、急に恐怖で一杯になった。
『ねえ、お陽さん。オレを助けて下さい。
ここから連れ出して下さい。
一緒に遠くに逃げて下さい。
お願いです。
お願いです……』
悟は、お陽の白い手を握りしめ、号泣して訴えた。