廓にて〜ある出征兵士と女郎の一夜〜
お陽は 自分の手の甲にポタポタと落ちる温かいものを感じとっていた。
男の涙。
恐怖にかられた男の涙である。
お陽にとって、【男】とは自分の身体を弄ぶ恐怖の存在。
そうして今では金を運んでくる客である。
自分の前で恥も外聞もなく泣く男は初めてだった。
お陽は、スーッと息を吸い込み、冷静になろうとした。
『あんた、幾つだい?』
『……二十歳』
『まだ、二十歳かい……。名前は?』
『悟』
お陽は悟の両手をギュッと握りかえした。
『悟さん。あたいはただの女郎じゃけぇ、あんたのいうままに逃げることはできません。
たとえ一緒に逃げたとて、行く末はあんたもあたいも殺される。
そういう掟』
お陽は悟にゆっくりと諭した。
『廓もおなごの戦場じゃけぇ。
終わりのない戦場。
最初のうちは気が狂いそうになったよ。
毎晩違う男に手ごめにされて……
でもね、いつか肝が据わるもんさ。
あんたもきっと同じだよ』