廓にて〜ある出征兵士と女郎の一夜〜
漢口の野戦病院のあった方角を望むと、黒く焦げたコンクリート壁がわずかに残るのみ。
漢口の街は壊滅的被害を受けていた。
『恐らく昨日の酒じゃあないか?あなた名前は?』
『坂田。坂田幸吉。そうだな。酒しか心当たりがない。毒が入っていたのか?』
『いや、メチルアルコールという酒の一種を飲むと蟻酸というのに体内で変わり、それが目を見えなくする原因になる。
昔、播磨さんという技術者がいてね、彼に聞いたことがあるんですよ』
坂田はすがるように悟の手をつかんだ。
『酒が覚めたら、治るよなあ。君は少ししか飲まなかったから、大丈夫なんだろう?』
目の障害が、恐らく不可逆的であることは、なんとなく悟にもわかっていた。
だが、今、この状態で坂田にそれを告げていいものか悩んでいた。
悟の目は、飲んだ酒が少量だったためか、影響がなかったようだ。
『とにかく、救護所ができたら向かいましょう。僕が連れて行きますよ』
坂田はガクンと肩を落とした。
『坂田さん、あの酒はどこから?』
『あれは……以前からねらっていたものだったんだ。ある工員があの酒が入っている樽を管理していて、妙に最近羽振りがいい。
他の工員とも話していたが、どうやら闇で高く売っているらしい。
質のいい酒が入っているとばかり思ったオレは、火事場泥棒とばかり逃げるときに拝借したんだ。
そしたらこのザマさ』
