はじまりは政略結婚
だからって、あんな言い方をしなくてもいいのに……。

苦しいのは、里奈さんとのことを知った私も同じだ。

「私、智紀に可愛いって言って欲しかった」

ボソッと独り言のように言うと、兄は嬉しそうに表情を緩めている。

「いつの間にか、そんなに仲良くなってたんだな。嬉しいよ。だけど大丈夫。明日の朝早くに、智紀が迎えに来るって言ってたから。ちゃんと、明日言ってもらえ」

「朝早くに? なんで?」

「だって、お前明日も仕事だろ? ここじゃ着替えもない」

そう言われて、バツ悪く肩をすくめた。

本当、衝動的な行動で、智紀にも兄にも迷惑をかけたけど、あの時はあそこにいたくなかったのだ。

とても一晩、智紀と一緒に過ごせないと思ったから。

「落ち着いたら、寝た方がいい。向こうが寝室だから」

兄が指差した方向には、焦げ茶色の扉がある。

だけど私はゆっくりと、首を横に振ったのだった。
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