イチゴアメ
サトルくんのベッドの前に置かれたローテーブルに、ドンブリを4つ並べた。
食器棚には丼は2つしかなく、大きめなサラダボールをひとつと、少し深めなお皿も一つ借りた。
ローテーブルに並んだ4つのドンブリは、ご飯の上に豚肉とタマネギを出汁で煮てフワフワの卵で綴じた親子丼ならぬ他人丼。
ネギを細かく刻んで乗せ、一味唐辛子を振りかけた。
たいした料理ではないが、作る一部始終を覗いていたサトルくんは「うまそー!」とテンション高く言ってくれた。
奥の部屋に居るマミさんとミオさんをサトルくんが呼びに行き、彼女らがこちらの部屋へとやってくる。
マミさんに借りたエプロンを外して畳んで、マミさんへと差し出すと、マミさんはありがとうと言って受け取ってくれた。
「これ、サツキちゃんが作ったの?美味しそう!」
テーブルを覗いたマミさんがそう言って。
「うっそ。私の分もある感じ?」
ムチャブリを投げかけたミオさんも目を丸くした。
「お口に合うかわかりませんが…。」
ローテーブルを囲んで座ったみなさんにそう告げる。
サトルくんサラダボールを。
マミさんとみなさんは丼を。
手前に置いて箸をつける。
「美味しい。」と口々に言ってくれるみんなの言葉が、お世辞だったとしても嬉しくて、私も箸を取った。
「じゃあ、明日はミオはオープン直前ね。」
「ん。これから朝までバイトっす。で、少しは寝たいからギリかな。新幹線じゃなくバスだし。」
「それなら、明日の昼間にさっきのチケット分ちゃうから、今のうちに早いのもらっちゃいなよ。」
「やった。ラッキー!」
他人丼を食べながら、マミさんとミオさんがしゃべる。
「ブルームーンチケ発だったの?」
サトルくんがそれに口を挟んで。
「うん。対バンのイベント。1からゲット!」
と、ミオさんが答えた。
「余ったら俺にも回して。」
サトルくんがそう言うと、ミオさんは眉をしかめてみせる。
「アンタ、今更最前列入りたいの?サトルくんが最前とか客席豪華すぎてブルームーンメンが霞んじゃう!」
クスクスと笑い出したミオさん。
「サトル、入りたいならパスもらいなさい。アンタはもうダメだよ。」
笑うミオさんとは対象的に怒ったような表情でマミさんは言った。
「俺はパス貰って上から見ててあげるから、そこはサッちゃん入れて。」
「サッちゃん?」
サッちゃん。と声をハモらせて、マミさんとミオさんが聞く。
サトルくんは私を見て、ニコっと笑んでから、言った。
「サツキちゃんも、最前列でユキ見てみたいだろ?」
「え。私ですか?」
サトルに問いかけられて、思わず聞き返してしまった。
ミオさんはあんぐりと口を開けてサトルと私とを交互に見てから、マミさんに視線を送る。
マミさんは私をまっすぐに見てから、持っていた箸をローテーブルに置いた。
「私の隣で、いいかしら?」
マミさんがまっすぐに私を見たまま言う。
言っている意味が私には解らない。
助けを求めるべく、サトルくんへと視線を向けた。
するとサトルくんは、モゴモゴと口を動かして食べていたご飯を飲み込んで。
私を見ながら、マミさんを掌で示した。
「ブルームーンの常連の仕切りをやってるマミさんが、自分の隣で最前列に入れてくれるってさ。」
私へとサトルは答えてくれた。
「?」
答えてもらっても、サトルくんの言ってる意味もよく理解できずに首を傾げてみせた。
「マミがサッちゃんも、ブルームーンのライブを最前列でユキさんの近くで見せくれるってさ。良かったな!」
サトルくんはそう言うと、マミさんを示した掌を下ろした。
そして、サトルくんは反対側の手を伸ばして私の頭上をぽんっと撫でる。
「あ、ありがとうございます!」
真っ正面に座ったマミさんへと頭を下げる。
難しいことはよく解らないが、ユキの近くでライブを見れるという事は私の頭でも理解できた。
嬉しくてドキドキしてしまい、火照る頬を頭を下げたまま隠した。
「なに。サトルくんってば、高校生に手ぇ付けたわけ?」
頭上からミオさんのからかうような声が聞こえて。
「ちょっと、サトル、バンギャはやめなさいって!」
慌てたようなマミさんの声。
「そんなんじゃなくてさ。サッちゃんは俺の一番弟子。」
サトルくんの声も聞こえて、私の頭上にあるサトルくんの手が後頭部に回り?わしゃわしゃと私の髪の毛をかき混ぜる。
「それと、サッちゃんは俺のスタッフになったから。これは一応オフレコね。」
と、サトルくんの言葉は続いた。
「明日のブルームーンは、俺もユキさんにパス貰っちゃったからサッちゃん連れてくよ。めんどくさいの嫌だったら、ねーちゃんヨロシク。」
頭上から降りてきた、初耳なサトルくんの言葉。
私も連れてく?
どこへ?
「え?あの。明日?」
慌てて顔をあげる。
大きな猫目を瞬くマミさんが正面に見えた。
「そう。明日。宇都宮に行くから。サッちゃんは俺のバイクの後ろに乗ってれば着くから安心しなさい。」
サトルくんはそう言うと、私の頭上から手を離して空っぽになったサラダボールを持って席を立つ。
シンクにサラダボールを置いたサトルくんは、キッチンの換気扇を付けて、換気扇の下でタバコを吸い始めた。
「サツキちゃん。」
私の正面に座ったマミさんが、私の名前を呼んだ。
「はい。」
マミさんからの問いかけに応えるべく返事をする。
すると、マミさんは厳しい表情で再び唇を開いた。
「あなたがサトルのスタッフだろうがなんだろうが、ブルームーンでは業に入ったら号に従ってもらうわ。」
「はい…?」
口調すらも厳しくして言うマミさんに、私は首を傾げてみせた。
「他のコたちに示しがつかないもの…。それと、私の弟の事は誰にも言わないこと。それだけ、守ってね。」
すると、マミさんは再び言葉を繋いだ。
それにミオさんが続けて口を開く。
「私とミレイちゃん以外には、サトルくんの話は絶対ダメ。サツキちゃんはしばらくマミさんのいう事聞いてれば大丈夫。誰かにいじめられたら、私に話して。これ、美味しかった。ごちそうさま。」
これ、と空になった丼を見せたミオさん。
「サッちゃんも食べたら送ってくよ。」
換気扇の下からサトルくんに言われて、私は一度テーブルに置いた箸に手を伸ばした。










ご飯を食べ終えた私は、マミさんとミオさんに見送られて、サトルくんと一緒に玄関先に出る。
「お邪魔しました。」
マミさんへと頭を下げると、マミさんはふわっと柔らかく微笑んで、また明日。と、言った。
「バイバーイ」
ミオさんに手を振られて私も小さく手を振り返してからサトルくんと連れ立って外に出た。
マンションの入り口で待つようにサトルくんに言われて、その場で待っているとすぐにサトルくんはバイクと共に現れる。
「これ被って。送ってく。」
サトルくんからヘルメットを受け取り、頭に被る。
未だにヘルメットの金具が顎の下でうまく留めることができない私を見て、サトルくんは笑みをこぼしながらこちらに手を伸ばした。
「サッちゃんって料理は得意でもぶきっちょ?」
ぐいっと顎を上に上げて、サトルくんへと首元を差し出してヘルメットの金具を留めてもらう。
「料理だって得意なんて言える程できませんよ。」
謙遜なんかではなく、素直にサトルくんへ告げた。
「あれだけできれば充分でしょ。ほら、後ろ乗って。」
サトルくんに言われて、バイクの後ろに跨る。
「サッちゃん家はどっちの方?」
「えっと…。」
「最寄り駅は?」
サトルくんに尋ねられて、東京都の後につづく住所の区の名前と最寄りの駅の名前を伝える。
「りょーかい!近くにおっきい道はある?」
おっきい道と言ったサトルくん。
ここに近い駅などではなく、私の家の方まで送ってくれるのだろうと悟った。
「この近くの電車の駅とかまでで大丈夫です。」
「いいよ。サッちゃん家まで送ってく。そうすれば、もう少し話せるっしょ?」
「いや。でも、悪いし。」
「サッちゃんはこれから家までの道のりでお勉強な。バンギャルとしての!俺のスタッフの仕事でも解ってた方がやりやすいだろーし。」
後には引いてくれない雰囲気のサトルくん。
帰りながらお勉強と言われてしまうと断ってはいけないような気がしてしまい、私は家の近所を通る幹線道路の名前を告げた。
「ふーん。あのへんなんだ。」
そう言って、サトルくんはバイクを発進させた。
「サッちゃんは、ブルームーンの常連組は解る?」
緩やかな速度で住宅街の路地を進みながら、サトルくんは問いかける。
「ジョーレンぐみ?」
聞き返す事は、私の無知を示したわけで。
サトルくんは運転しながらジョーレンぐみとは何かを語った。
「ライブにいつも来てるコ達のグループが、マミさんやミオさんたちって事ですか?」
サトルくんの説明を踏まえて確認するように尋ねる。
すると、サトルくんは頷いた。
「その常連組のリーダーみたいなのが、マミ。それからミレイちゃんはマミより前からのブルームーンのファン。会ったことある?」
「あります!お人形みたいに可愛いコ。」
「後はサラさんも古いファンかな。サラさんも解る?」
「はい。昨日お話しました。」
「とりあえず新規ファンになるサッちゃんは、この常連組には逆らわずにマミかミオと一緒に居ること。これ、守ってくれれば悪いようにはならないよ。」
「わかりました。」
「明日は俺が東京から宇都宮まで連れて行く。マミたちと合流できたら合流して、マミのいう事を聞いてればいい。しばらくはね。」
「はい。」
「大丈夫。俺がサッちゃんを立派なバンギャルにしてみせるさ!」
「サトルくんはバンギャルに詳しいんですね。バンドやってるから?」
「あー。それも一理あるけど、俺もブルームーンのファンだったし。昔はマミと一緒にライブ行ってた。」
「そーなんだ。だからファンのコたちも知ってるんだ。」
「まあ。昔から居るヒト限定だけど。……この辺?サッちゃん家。」
サトルくんに言われて辺りの景色を見回すと、そこは見知った道路で。自宅の近所まで来ているのだと知る。
「次の信号を左に曲がった坂の上の方です。」
自宅への道順をサトルくんに告げる。
「りょーかい。」
そう言ってすぐの信号をサトルくんは左折した。
先ほどまでの幹線道路の半分くらいの道幅をサトルくんのバイクが行く。
左折して少し行くと坂道があり、坂道を登り切ったあたりでサトルくんが首を傾げてこちらを見た。
「このへん?」
「はい。もう、すぐそこなんで。ありがとうございます。」
言うと、バイクは道の端に停車した。
それは私の自宅の二つ隣の家の前で。
「降りれる?ずいぶんいいとこだね。静かな高級住宅街って感じ。」
「ありがとうございます。」
もう一度礼を言って、私はバイクから降りた。
「普通の、ただの、郊外です。駅もちょっと遠いし。」
最寄り駅とはいえ、一番近い駅まで歩いて20分。少し不便な住宅街だ。
ヘルメットの金具を外すのに手間取りながらもなんとか脱ぐ事ができて、借りていたヘルメットをサトルくんへと返した時。
「サツキ…?」
背後から突然名前を呼ばれた。
突然の事に驚いて、思わず肩が跳ねた。
「あら。やっぱりサツキじゃない。」
聞き覚えのある声に振り向く。
「おねーちゃん!」
私の5つ上の姉がそこに居た。
姉は私を見て、それからサトルくんを見る。
「やっだー!サツキの彼氏?どーも。うちの妹がお世話になってます。」
サトルくんへとペコペコと頭を下げる姉。
営業職の会社員の姉は頭を下げる行為すら様になっていて、なんだか恥ずかしい。
「サトルくんは、彼氏じゃないって!」
サトルくんを私の彼氏だなんて変な勘違いをしている姉の誤解を解こうと試みたのだけど。
「あらやだ。サツキの彼氏ってすんごいイケメンじゃない!!うそ!アンタ、マジ?」
サトルくんを見てテンションが上がってしまった姉に何を言っても聞いてなどもらえない。
挙げ句の果てにサトルくんへペタペタと触り始めた姉の手首を抑えるしかない私。












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