イチゴアメ
さっき私が選んできたハットをさっそく被ったサトルくんは、人通りの少ない細い路地を選んで歩く。
そんな彼の後を追いかけて、荷物持ちの私は早足に進んだ。
身長の高いサトルくんは、その分脚も長い。
脚が長くない私は、早足で歩かないと追いついて行けなかった。
サトルくんの後ろを着いて行くだけdで、もう必死だ。
雑居ビルの立ち並ぶ路地の途中で、サトルくんは脚を止めてこちらを振り向く。
「ちょっと寄り道しよーよ!」
そう言って、サトルくんは雑居ビルの一階店舗に入ってゆく。
そこは、どうにも繁盛していなさそうなゲームセンターだった。
蛍光灯が間引きされて少し薄暗い店の中。
煙草のにおいが籠った空気。
私は、ゲームセンターの奥へ奥へと歩いてゆくサトルくんの後ろを追いかけた。
「あった!あったー!」
言いながらサトルくんが足を止めたのはプリクラ機の前。
それは最近見かけるより少し少し古い機種で、なんだか懐かしい機械だった。
学校に行けば友達もたくさん居た、中学生の頃によく撮った機種だ。
「プリクラ、ですか?」
いかにもプリクラ機を探してました!といった様子のサトルくんへ尋ねてみる。
すると、サトルくんは頷いて言った。
「かっこいいハットをアルバイトちゃんが見つけてくれた記念撮ろうよ。女子高生ならプリクラ機の操作得意っしょ?」
こちらをチラリと見て、にぃっと歯を見せてサトルくんは笑う。
「え。でも、写真は撮っちゃだめって。」
先ほどサトルくんに教わった内容が頭をよぎった。それをそのまま口に出してみた私を見てサトルくんは目を瞬き、言った。
「さすが俺の付き人。物覚え早いね!でも、プリクラくらい良いじゃん。たまにはさー。」
なんて言いながら、私の手首を掴んで、サトルくんはプリクラ機の中に入る。
サトルくんに引っ張られるようにして入ったそこは、さっきまでよりだいぶ明るい。
財布から小銭を出して、機械へと100円玉を入れてゆくサトルの横顔はなんだか楽しそう。
「ほら。お金入れたから、あとはサツキちゃんに頼んだ!!」
サトルくんが言うと、プリクラの機械が撮影の案内の音声を流しながら画面でタッチパネルでの操作を求め始めた。
機械に求められるがまま操作してみせると、撮影が始まる。
機械に言われるがまま、レンズの前でサングラスを外したサトルくんと並んだ。
「ほらほら。次は、ハートを作ってー。ほら。サツキちゃんも!」
画面に映るモデルの女の子が二人並んだ、プリクラ機械推奨のポーズを真似てプリクラを撮影するサトルくんは本当に楽しそう。
機械とサトルくんに言われるがまま、サトルくんの隣で手でハートを作ってみせた。
プリクラなんて何度も撮った事はある。
でもプリクラ機械推奨のポーズを真似て、サトルくんがすぐ側に寄る度に心臓が跳ねた。
なんだろう。
さっきからドキドキしっぱなしだ。
プリクラの撮影を終えて、あとはラクガキ。
機械のアナウンスに誘導されて、プリクラ機から出る。
明るさの薄いゲームセンターの店内。
古い雑居ビルのキレイではないゲームセンターには人影はまばらだ。
プリクラ機のラクガキスペースに入ると、またそこは眩しいばかりの明るさで。
さっき撮影したばかりの私とサトルくんのプリクラが画面に表示された。
プリクラ機のラクガキ画面とにらめっこをするサトルくんは、小さくため息を吐いて言った。
「俺、こういうの無理。サッちゃんよろしく。」
サッちゃん。と、サトルくんは私の頭上をポンッと軽く叩く。
あれ?呼び方が変わった。
サトルくんの言葉の変化に気付いたけれど、年の離れた上の姉には子供の頃からサッちゃんと呼ばれ続けて今に至るのでさほど違和感はない。
だから、サトルくんの呼び方の変化には突っ込まずにプリクラのラクガキに集中した。
スタンプやペンでラクガキしまくり、プリクラを飾り立ててラクガキ終了。
プリクラのラクガキスペースを出ると、眩しさが消える。
サトルくんはすぐ近くにあるゲーム機の椅子に腰掛けてタバコを吸っていた。
「タバコ、吸うの?」
サトルくんがタバコを吸う姿を見るのは初めてだ。
「ん?吸うよ。あー。サッちゃんの制服ににおいついたらマズイか。」
「ううん。へーき。」
首を振ってみせると、プリクラ機が印刷したシールを排出した。
出来上がったプリクラを取り、2枚のシートをサトルくんに差し出す。
「へー。最近のプリクラってもう切れて出てくんだ!」
物珍しそうに二枚のシートを眺めるサトルくん。
違うデザインの違うレイアウトでプリントしたプリクラを二枚眺めたサトルくんは、そのうちの一枚を私へ差し出した。
「これ、サッちゃんの分ね。」
もらえるだなんて思ってもみなくて。ちょっと驚いてしまいつつも、サトルくんからプリクラを受け取った。
「ありがとう。」
お礼を言うと、サトルくんのタバコを持たぬ方の指の長い手のひらが私の頭をポンッと撫でた。
タバコを吸い終えると、もうこのゲームセンターには用なしなのか、サトルくんは建物を出てゆく。
私はサトルくんの荷物と自分のバッグを肩にかけて、サトルくんの後を追う。
路駐したバイクのとこまで戻ると、サトルくんはハットを脱いでヘルメットを被った。
「サッちゃん、これ、その袋に入れて。」
これ。と、サトルくんはハットを差し出す。
差し出されたハットを受け取り、サトルくんの買い物したお店の袋にしまう。
すると、私にもヘルメットが手渡された。
ここからまたどこかへ移動するのだろうか?
とりあえず渡されたヘルメットを被る。
その間にサトルくんはバイクのエンジンをかけて、車道の路肩までバイクを動かした。
ヘルメットの金具を顎の下で留める事に苦戦しながら、バイクにまたがるサトルくんの方へと歩いていくと、彼はへへっと笑って。
「かして。やったげる。」
片手を私の方へと伸ばした。
サトルくんは器用に片手で私が被ったヘルメットの金具を留めてみせる。
そんな彼の様子に、すごいと素直に感動していた私。
サトルくんに後ろに乗るよう促されて、サトルくんの後ろに跨った。
バイクに乗るのは今日が初めてで、3度目の経験では慣れなどしない。
頬に当たる風がスピードをとても感じさせてきて、やはり怖くてサトルくんの背中にしがみついた。
バイクが停まった先は、サトルくんとマミさんの家の前。
停車してやっと安心できた私。
「降りてここで待ってて。」
そうサトルくんが言うので、バイクから降り立った。
地面に足がついて、さらに安堵してしまう。
肩にかけっぱなしだった、私のバッグとサトルくんの紙袋を肩から下ろして手に持つと、バイクを駐輪場に停めたらしいサトルくんが戻ってきて、私が被っているヘルメットを外してくれた。
ヘルメットを小脇に抱えたサトルくんは、サトルくんの紙袋へも手を伸ばしたが、私は紙袋をサトルくんに預ける事はしなかった。
「あの。荷物持ち。」
不思議そうに顔をしかめたサトルくんになんて告げて良いか解らず、思いついた単語を口にする。
するとサトルくんは、ああ。っと頷いた。
「じゃあ。サッちゃん。部屋ん中までお願いね。」
そう言って歩き出すサトルくんの後ろについてゆく。
マンションの部屋の玄関の鍵を開けて入るサトルくんの後に続いて私も部屋へと上がらせてもらう。
「ベッドの上にでも置いといて。」
そうサトルくんに言われて、サトルくんの荷物を黒いベッドカバーの上に置く。
「おかえり…。あら。サトルと一緒に出掛けてたの?」
奥の部屋から顔を出したマミさんが、私とサトルくんを見ながら目を丸めて言った。
「ただいま。ねーちゃん晩飯は?」
「私も今帰ってきたとこ。だからサトルよろしく。サツキちゃんは?もう帰っちゃったのかと思ってたけど…。駅まで送ろうか?」
言いながら、顔だけでなく奥の部屋から出てきたマミさん。
帰ってきたばかりと言うマミさんは、昨日出会った時と同じような、清楚な出で立ちで私に微笑みを向けた。
「あの…。ご迷惑でなければ、私、夕飯作ります。お世話になったお礼と言っては、アレですけど…」
「マジ?サッちゃん料理得意?」
マミさんへ告げると、サトルくんがテンション高く口出した。
「得意ってわけじゃないですが、人並みには、できると、思います。」
料理が得意だなんて言える程の腕前は持っていないが、自宅ではよく料理を作る。
突然人様のお家でそんな事を言うのはおこがましいかと不安にもなったが、私の申し出にサトルくんはハイテンションだ。
マミさんもサトルくんのテンションを感じ取ったのか、私の申し出に頷いた。
「制服汚したら大変だから、エプロン出してあげるね。」
そう言って、マミさんは再び奥の部屋へと入っていく。
サトルくんの部屋兼キッチンのここにある、シンクを借りて手を洗うと、マミさんが淡いチェック柄のエプロンを差し出してくれた。
「お借りします。」
ありがたくエプロンを受け取り、身につけてゆく。
「冷蔵庫のもの勝手に使っていいし、必要なもんあれば俺が買いに行くよ。」
そうサトルくんに言われ、冷蔵庫を開けてみる。
家庭の冷蔵庫程大きくはないそれの中に、調味料や野菜、卵、豚肉、お酒などが入っていた。
「こんなにあれば大丈夫です。お米は…?」
「冷凍庫にまだご飯あるよ。」
私の配合から冷凍庫を指差すサトルくん。
冷蔵庫の扉を閉めて、冷蔵庫を開けてみると、サトルくんの言うとおり、ご飯が一膳分づつ小分けにされて冷蔵されていた。
早速夕飯作りに取り掛かる。
マミさんは再び奥の部屋に引きこもり、サトルくんがキッチンをちょこちょこ歩きながら私の手元を覗いてきた。
「わー。サッちゃん、手慣れてるね。ご両親共働きとか?」
包丁を握る私の手元を見ながらサトルくんは言う。
「母は専業主婦だけど……あまり、家事はしないので。」
家族の事はあまり喋りたくなくて、言葉を濁して言える事だけ答えた。
すると、ピンポーンっとインターホンが鳴り響く。
「はーい。」
玄関先へと足を進めるサトルくん。
続いてドアが開く音がして。
「おー。サトル、居たの?」
女の人の声がした。
「居るよ。マミは部屋。」
マミさんにお客さんなのだろうか?と、耳に届いた会話の内容で予想した。
「ん。……って、あれ?アンタ、サツキちゃん?なにやってんの?」
女の人の声に名前を呼ばれて、思わず声のした方へと顔を向けた。
「ミオさん…?」
昨夜一緒だったブルームーンのファンの黒髪で一部だけ金髪に塗り分けた派手な髪の毛のコだ。
「なに?晩飯?じゃあ、私の分もよろしく!」
そんなムチャブリを笑顔で私に告げて、ミオさんは奥の部屋のドアをノックした。
そんな彼の後を追いかけて、荷物持ちの私は早足に進んだ。
身長の高いサトルくんは、その分脚も長い。
脚が長くない私は、早足で歩かないと追いついて行けなかった。
サトルくんの後ろを着いて行くだけdで、もう必死だ。
雑居ビルの立ち並ぶ路地の途中で、サトルくんは脚を止めてこちらを振り向く。
「ちょっと寄り道しよーよ!」
そう言って、サトルくんは雑居ビルの一階店舗に入ってゆく。
そこは、どうにも繁盛していなさそうなゲームセンターだった。
蛍光灯が間引きされて少し薄暗い店の中。
煙草のにおいが籠った空気。
私は、ゲームセンターの奥へ奥へと歩いてゆくサトルくんの後ろを追いかけた。
「あった!あったー!」
言いながらサトルくんが足を止めたのはプリクラ機の前。
それは最近見かけるより少し少し古い機種で、なんだか懐かしい機械だった。
学校に行けば友達もたくさん居た、中学生の頃によく撮った機種だ。
「プリクラ、ですか?」
いかにもプリクラ機を探してました!といった様子のサトルくんへ尋ねてみる。
すると、サトルくんは頷いて言った。
「かっこいいハットをアルバイトちゃんが見つけてくれた記念撮ろうよ。女子高生ならプリクラ機の操作得意っしょ?」
こちらをチラリと見て、にぃっと歯を見せてサトルくんは笑う。
「え。でも、写真は撮っちゃだめって。」
先ほどサトルくんに教わった内容が頭をよぎった。それをそのまま口に出してみた私を見てサトルくんは目を瞬き、言った。
「さすが俺の付き人。物覚え早いね!でも、プリクラくらい良いじゃん。たまにはさー。」
なんて言いながら、私の手首を掴んで、サトルくんはプリクラ機の中に入る。
サトルくんに引っ張られるようにして入ったそこは、さっきまでよりだいぶ明るい。
財布から小銭を出して、機械へと100円玉を入れてゆくサトルの横顔はなんだか楽しそう。
「ほら。お金入れたから、あとはサツキちゃんに頼んだ!!」
サトルくんが言うと、プリクラの機械が撮影の案内の音声を流しながら画面でタッチパネルでの操作を求め始めた。
機械に求められるがまま操作してみせると、撮影が始まる。
機械に言われるがまま、レンズの前でサングラスを外したサトルくんと並んだ。
「ほらほら。次は、ハートを作ってー。ほら。サツキちゃんも!」
画面に映るモデルの女の子が二人並んだ、プリクラ機械推奨のポーズを真似てプリクラを撮影するサトルくんは本当に楽しそう。
機械とサトルくんに言われるがまま、サトルくんの隣で手でハートを作ってみせた。
プリクラなんて何度も撮った事はある。
でもプリクラ機械推奨のポーズを真似て、サトルくんがすぐ側に寄る度に心臓が跳ねた。
なんだろう。
さっきからドキドキしっぱなしだ。
プリクラの撮影を終えて、あとはラクガキ。
機械のアナウンスに誘導されて、プリクラ機から出る。
明るさの薄いゲームセンターの店内。
古い雑居ビルのキレイではないゲームセンターには人影はまばらだ。
プリクラ機のラクガキスペースに入ると、またそこは眩しいばかりの明るさで。
さっき撮影したばかりの私とサトルくんのプリクラが画面に表示された。
プリクラ機のラクガキ画面とにらめっこをするサトルくんは、小さくため息を吐いて言った。
「俺、こういうの無理。サッちゃんよろしく。」
サッちゃん。と、サトルくんは私の頭上をポンッと軽く叩く。
あれ?呼び方が変わった。
サトルくんの言葉の変化に気付いたけれど、年の離れた上の姉には子供の頃からサッちゃんと呼ばれ続けて今に至るのでさほど違和感はない。
だから、サトルくんの呼び方の変化には突っ込まずにプリクラのラクガキに集中した。
スタンプやペンでラクガキしまくり、プリクラを飾り立ててラクガキ終了。
プリクラのラクガキスペースを出ると、眩しさが消える。
サトルくんはすぐ近くにあるゲーム機の椅子に腰掛けてタバコを吸っていた。
「タバコ、吸うの?」
サトルくんがタバコを吸う姿を見るのは初めてだ。
「ん?吸うよ。あー。サッちゃんの制服ににおいついたらマズイか。」
「ううん。へーき。」
首を振ってみせると、プリクラ機が印刷したシールを排出した。
出来上がったプリクラを取り、2枚のシートをサトルくんに差し出す。
「へー。最近のプリクラってもう切れて出てくんだ!」
物珍しそうに二枚のシートを眺めるサトルくん。
違うデザインの違うレイアウトでプリントしたプリクラを二枚眺めたサトルくんは、そのうちの一枚を私へ差し出した。
「これ、サッちゃんの分ね。」
もらえるだなんて思ってもみなくて。ちょっと驚いてしまいつつも、サトルくんからプリクラを受け取った。
「ありがとう。」
お礼を言うと、サトルくんのタバコを持たぬ方の指の長い手のひらが私の頭をポンッと撫でた。
タバコを吸い終えると、もうこのゲームセンターには用なしなのか、サトルくんは建物を出てゆく。
私はサトルくんの荷物と自分のバッグを肩にかけて、サトルくんの後を追う。
路駐したバイクのとこまで戻ると、サトルくんはハットを脱いでヘルメットを被った。
「サッちゃん、これ、その袋に入れて。」
これ。と、サトルくんはハットを差し出す。
差し出されたハットを受け取り、サトルくんの買い物したお店の袋にしまう。
すると、私にもヘルメットが手渡された。
ここからまたどこかへ移動するのだろうか?
とりあえず渡されたヘルメットを被る。
その間にサトルくんはバイクのエンジンをかけて、車道の路肩までバイクを動かした。
ヘルメットの金具を顎の下で留める事に苦戦しながら、バイクにまたがるサトルくんの方へと歩いていくと、彼はへへっと笑って。
「かして。やったげる。」
片手を私の方へと伸ばした。
サトルくんは器用に片手で私が被ったヘルメットの金具を留めてみせる。
そんな彼の様子に、すごいと素直に感動していた私。
サトルくんに後ろに乗るよう促されて、サトルくんの後ろに跨った。
バイクに乗るのは今日が初めてで、3度目の経験では慣れなどしない。
頬に当たる風がスピードをとても感じさせてきて、やはり怖くてサトルくんの背中にしがみついた。
バイクが停まった先は、サトルくんとマミさんの家の前。
停車してやっと安心できた私。
「降りてここで待ってて。」
そうサトルくんが言うので、バイクから降り立った。
地面に足がついて、さらに安堵してしまう。
肩にかけっぱなしだった、私のバッグとサトルくんの紙袋を肩から下ろして手に持つと、バイクを駐輪場に停めたらしいサトルくんが戻ってきて、私が被っているヘルメットを外してくれた。
ヘルメットを小脇に抱えたサトルくんは、サトルくんの紙袋へも手を伸ばしたが、私は紙袋をサトルくんに預ける事はしなかった。
「あの。荷物持ち。」
不思議そうに顔をしかめたサトルくんになんて告げて良いか解らず、思いついた単語を口にする。
するとサトルくんは、ああ。っと頷いた。
「じゃあ。サッちゃん。部屋ん中までお願いね。」
そう言って歩き出すサトルくんの後ろについてゆく。
マンションの部屋の玄関の鍵を開けて入るサトルくんの後に続いて私も部屋へと上がらせてもらう。
「ベッドの上にでも置いといて。」
そうサトルくんに言われて、サトルくんの荷物を黒いベッドカバーの上に置く。
「おかえり…。あら。サトルと一緒に出掛けてたの?」
奥の部屋から顔を出したマミさんが、私とサトルくんを見ながら目を丸めて言った。
「ただいま。ねーちゃん晩飯は?」
「私も今帰ってきたとこ。だからサトルよろしく。サツキちゃんは?もう帰っちゃったのかと思ってたけど…。駅まで送ろうか?」
言いながら、顔だけでなく奥の部屋から出てきたマミさん。
帰ってきたばかりと言うマミさんは、昨日出会った時と同じような、清楚な出で立ちで私に微笑みを向けた。
「あの…。ご迷惑でなければ、私、夕飯作ります。お世話になったお礼と言っては、アレですけど…」
「マジ?サッちゃん料理得意?」
マミさんへ告げると、サトルくんがテンション高く口出した。
「得意ってわけじゃないですが、人並みには、できると、思います。」
料理が得意だなんて言える程の腕前は持っていないが、自宅ではよく料理を作る。
突然人様のお家でそんな事を言うのはおこがましいかと不安にもなったが、私の申し出にサトルくんはハイテンションだ。
マミさんもサトルくんのテンションを感じ取ったのか、私の申し出に頷いた。
「制服汚したら大変だから、エプロン出してあげるね。」
そう言って、マミさんは再び奥の部屋へと入っていく。
サトルくんの部屋兼キッチンのここにある、シンクを借りて手を洗うと、マミさんが淡いチェック柄のエプロンを差し出してくれた。
「お借りします。」
ありがたくエプロンを受け取り、身につけてゆく。
「冷蔵庫のもの勝手に使っていいし、必要なもんあれば俺が買いに行くよ。」
そうサトルくんに言われ、冷蔵庫を開けてみる。
家庭の冷蔵庫程大きくはないそれの中に、調味料や野菜、卵、豚肉、お酒などが入っていた。
「こんなにあれば大丈夫です。お米は…?」
「冷凍庫にまだご飯あるよ。」
私の配合から冷凍庫を指差すサトルくん。
冷蔵庫の扉を閉めて、冷蔵庫を開けてみると、サトルくんの言うとおり、ご飯が一膳分づつ小分けにされて冷蔵されていた。
早速夕飯作りに取り掛かる。
マミさんは再び奥の部屋に引きこもり、サトルくんがキッチンをちょこちょこ歩きながら私の手元を覗いてきた。
「わー。サッちゃん、手慣れてるね。ご両親共働きとか?」
包丁を握る私の手元を見ながらサトルくんは言う。
「母は専業主婦だけど……あまり、家事はしないので。」
家族の事はあまり喋りたくなくて、言葉を濁して言える事だけ答えた。
すると、ピンポーンっとインターホンが鳴り響く。
「はーい。」
玄関先へと足を進めるサトルくん。
続いてドアが開く音がして。
「おー。サトル、居たの?」
女の人の声がした。
「居るよ。マミは部屋。」
マミさんにお客さんなのだろうか?と、耳に届いた会話の内容で予想した。
「ん。……って、あれ?アンタ、サツキちゃん?なにやってんの?」
女の人の声に名前を呼ばれて、思わず声のした方へと顔を向けた。
「ミオさん…?」
昨夜一緒だったブルームーンのファンの黒髪で一部だけ金髪に塗り分けた派手な髪の毛のコだ。
「なに?晩飯?じゃあ、私の分もよろしく!」
そんなムチャブリを笑顔で私に告げて、ミオさんは奥の部屋のドアをノックした。