イチゴアメ
「ごめんね!サトルくん。ありがとう!」
「いや。また明日。おやすみ。お姉さんもおやすみなさい。」
掴んだ姉の手首を引っ張りながら2軒先の自宅の門を開いた。
振り向けば、手を振ってくれるサトルくん。
それに私も手を振り返して、同じくサトルくんへと手を振る姉を連れて帰宅した。
イケメンだからとペタペタ触る姉の癖は、本当やめてもらいたい。
自宅の玄関をくぐると、家の中は真っ暗。
姉と連れ立ってリビングへと入り、部屋の電気を付けた。
「おねーちゃん、今日は仕事だったの?」
「うん。土曜日だけどアポがあったから午後から出社。」
「そう…。ご飯は?」
「食べてきたよ。サツキは?さっきの彼と食べてきたんでしょ?」
「サトルくんは彼氏じゃないって!」
「ふーん。サトルくんって言うんだ。昨日のあの電話も本当はウソなんでしょ。さっきのサトルくんと一緒だったんじゃないの?また明日。なんていーよね、高校生は暇人で!」
「だから違うって!!」
「サツキ!家まで送ってくれるイケメンはとりあえず捕まえておきなさいよ!アンタはねー。部屋に閉じこもってパソコンばっか見てないで、外出てイケメンと遊びなさい!はー
。私、お風呂入って寝るからね。サツキも早く寝なさいよ。」
結局、私の訂正を聞き入れる事なく、姉はリビングを出て行った。
昔から思い込みの激しいところのsる姉の誤解を解くのはなかなか難しそうだ。
姉の出て行った、私一人のリビングは無音。
静か過ぎるそこに、良い居心地は感じない。
私が子供の頃は賑やかだったそこから私も抜け出して、階段を上る。
階段を上ってすぐのドアの向こうの部屋が、私と姉の部屋。
姉は直接お風呂へ向かったようで、ドアの向こうは電気もつかずに真っ暗だった。
部屋の明かりをつけて、私の勉強机の上に学校のバッグを置く。
制服を脱いでシャツ以外をハンガーにかけて、部屋着にしているスウェットに袖を通した。
ふと思い出して、バッグの中で探し物。
「あった…。」
探し物はサトルくんと撮ったプリクラ。
印刷されて見ると、サトルくんはやっぱりソワールのギタリストのサトルくんで。
音楽雑誌の表紙を飾るそれと同じ。
そんなヒトの隣に私がプリクラに写っていて。
さっきまで一緒に居た。
サッちゃん。と、私を呼び。
私を一番弟子と言う。
私を立派なバンギャルにしてあげると言う。
バンドマンであるサトルくんがそう言うのだから、私はサトルくんと一緒に居れば立派なバンギャルになれるのだろうか?
というか、立派なバンギャルって、なんだろう?
マミさんやミオさんは立派なバンギャル?
ミレイちゃんやサラさんも?
彼女たちと私では、なにがどう違うのか。私には全く解らないでいた。












お風呂上がりの姉が部屋に戻ると、今度は私がお風呂へと向かう為に、洗濯物のシャツを片手に部屋を出た。
脱衣所に行くと洗濯物かごはもぬけの殻。
タイマーがセットされている事を知らせるランプの点滅が見える洗濯機の蓋を開くと、そこに洗濯物を見つけた。
きっとさっき姉がタイマーのセットをしたのだろうそこに、シャツを放った。
身につけている洗濯物を脱ぎ洗濯機へ入れて蓋を閉める。
シャワーを浴びて部屋へと戻ると、部屋の明かりはまだついていて。
二段ベッドの下に腰掛けて何かを見ている姉が居た。
「このコがサトルくんよね?」
そう言った姉の手元を覗く。
そこには私とサトルくんが写ったプリクラがあって。
「なに勝手に見てるの?」
プリクラへと手を伸ばすと、あっけなく姉はプリクラを手放した。
「イケメンだけど、どっかで見たよーな気がしてさ。」
勝手にプリクラを見ていた事に悪気はないのだろう、姉はヘラっと笑う。
「そう?」
ソワールはもちろんヴィジュアル系バンドになんてこれっぽっちも興味を示さない姉でも、サトルくんの顔はどこかで目に入った事があるのかな?
「背が高くて細くて筋肉なさそーで色白で髪も長くて、いかにもサツキ好みのヴィジュアル系男子だね。」
ガッチリ筋肉ついていて肌も日焼けした短髪ガテン系の彼氏のいる姉らしい発言に、思わず笑そうになったけれど、笑うと怒られそうなので私は必死に堪えた。
「そうかな?」
姉の発言は適当に流して、プリクラを勉強机の引き出しにしまう。
ミーハーなところのある姉にサトルくんは雑誌やテレビにも出てるヒトだなんて知られればめんどくさく大騒ぎされるであろう事は目に見えている。
サトルくんがそういうヒトだという事は、姉にとっては知らない事で充分だ。
「おやすみ。」
そう、姉に告げて二段ベッドの上の段へと上がった。
お気に入りのドット柄の布団に横に潜り込むと、姉の手によって部屋の明かりが暗くされた。
一日ぶりに自分の布団に潜ると、すぐに睡魔に襲われて私は眠りについていたようだ。
目が覚めるともう朝で、姉の姿はもう部屋には無かった。
スウェット姿のまま部屋を出て階段を下り一階にある洗面所へと向かう。
顔を洗ってリビングの脇を通るとリビングからはいかにもなテレビの音声が聞こえた。
その音声に誘われてリビングへと足を踏み入れる。
そこには日曜日だというのに背広に身を包んだ父が居た。
「おはよう。」
父に言われて、私も同じ言葉を彼に返した。
それっきり父は何も言葉にはせず、新聞に視線を落としている。
マミさんに連絡してもらって外泊した事も、昨日の帰りが遅い事などの小言は、父は言わない。
その事実すら父は知っているか怪しいくらいだ。
キッチンへと向かい冷蔵庫から牛乳を取り、グラスに注ぎながら、ここからも見える、そんな父の背中を見ていた。
注いだ牛乳を飲み干して、使ったグラスを洗う。
キッチンからリビングを通り廊下へ抜けようとした時。
「サツキ。」
父に名前を呼ばれて立ち止まった。
父を見ると、父は新聞へ視線を落としたまま。
「お父さんは今日からまたしばらくヨーロッパだから、よろしくな。」
「また学会?」
大学に務める父は学会やお勉強などで、海外に行く事も多い。
「ああ。」
「こんどはどこいくの?」
「主にフィンランドだ。」
「行ってらっしゃい。」
「またムーミンでも買ってきてやるな。」
「スナフキンがいい。」
別にムーミンもスナフキンも大好きなわけではないが、そう言えば父が喜ぶのを私は知っている。
「そうだな。サツキはスナフキンだったな。」
今までずっと新聞に視線を落としていた父が、ようやく顔を上げて私を見た。
「お母さんのこと、よろしくな。」
私を見てそう言った父へと曖昧な笑みを向けて頷いてあげる。
それを見届けた父は再び新聞を読み始めた。
付けっ放しにしたテレビには目もくれず、娘の顔よりも新聞を読む父の姿はいつもの事。
リビングを出て二階にある自分と姉の部屋に戻ると、テーブルの上に無造作に置かれている私の携帯電話がなんらかの着信を示している画面が見えた。
スマホを手に取りパスワードを解除すると、メールが届いた事を知らせていた。
届いたメールはサトルくんからで。


1時間後に迎えに行くから用意しておいて。


という、短い文章。件名は無い。
そのメールに、私も短く「はーい。」とだけ返信して身支度に取り掛かった。










ちょっと緩めで丈も長めのトップスと、デニムのショーパンの下に黒いトレンカ。
これが今日の私の格好だ。
サトルくんのバイクでの長い時間の移動を考慮した、動きやすくて楽な格好。
今日もふんわりキレイめで清楚な服装であろうマミさんを想像すると、自分が酷く子供っぽい服装な気がして少しだけ気分が萎えた。
姉と共用のドレッサーの前で、淡いピンク色したグロスを塗っていると、携帯電話が着信を知らせて鳴り響く。
グロスを置き、スマホの画面を覗いて確認すると、それはサトルくんからだった。
電話に出ると、おはよう。というサトルくんからの挨拶と、家の前に着いたよ。との言葉。
それに、すぐ行く旨を返答して通話を切った。
スマホと、ドレッサーに置いたグロスとを、ポシェットにしまって家を出た。
家に面した道の向こうにサトルくんとバイクが見える。
左右を確認して道を渡ると、サトルくんは私を見てニコッと笑い、ヘルメットを差し出す。
「ちょっと時間かかるから、途中休みながら行こうか。」
そう言ったサトルくんは、私の苦手なヘルメットの金具を今日も留めてくれた。
バイクに跨がりエンジンをかけたサトルくんの後ろに、私も乗る。
「疲れたりケツ痛くなったら教えてね。」
サトルくんが言うと、静かな住宅街に低いマフラー音を響かせてバイクは走り出した。
住宅街の細い道を抜けると、今度は広い幹線道路。
幹線道路をしばらく進んでゆき、高速道路へと入った。
バイクが進む事に寄って当たる風がスピード感を直に感じさせて、私はサトルくんの背中にしがみついたまま、微動だにせず固まった。
高速道路に入ってすぐあったパーキングエリアに、バイクは入ってゆく。
コンビニとお手洗いしかない小さなパーキングエリアの一角にバイクは停まった。
「ちょっとトイレ。」
サトルくんはそう言ってお手洗いに向かう。
私はコンビニに入り、冷たい飲み物を探した。
どうせならサトルくんにコーヒーでも。と、思い缶コーヒーの並ぶ棚の前へ。
ブラックか微糖かカフェオレ的なのか。
サトルくんのコーヒーの好みを知らない私は悩んでしまう。
というか、コーヒー苦手ってオチも可能性はゼロではない。
コーヒーはブラックでもカフェオレでも、私は好きなので。
ブラックとカフェオレを一本づつ手に取りレジへ向かった。
レジでお支払いを済ませて、コンビニから出る。
するとお手洗いから出てきたサトルくんがこちらに気付いて、こっちにやってきた。
「どっちが好きですか?」
目の前まで来たサトルくんへ、コンビニ袋から取り出した缶コーヒーを二つ見せる。
私の右手にはブラック。左手にはカフェオレ。
その二つを交互に見たサトルくん。
「俺はどっちも好きだけどサッちゃんはブラック飲めるの?苦いよ、コレ。」
苦いよ。と、眉をしかめてみせたサトルくん。
「私も、どっちも飲めるんで。サトルくん好きな方選んでいいですよ。」
そうサトルくんへ告げると、彼は私の左手、カフェオレを選んだ。
「運転疲れには甘いものが助かる。ありがと。サッちゃん。」
言いながらサトルくんはカフェオレの缶のプルタブを開けた。
そして履いているデニムのポケットから煙草を取り出して、喫煙所の方へと歩いてゆく。
私もサトルくんの後を追った。
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