イチゴアメ
「制服じゃないのも、可愛いね。」
不意にサトルに言われる。
「ちょっと子供っぽくないですか?」
家を出る前にマミさんを思い出して、私と比べてしまい感じた事を告げた。
するとサトルくんは首を左右に振る。
「元気な感じでサッちゃんっぽいよ。」
動きやすい格好を、元気な感じとサトルくんに表現される。
その表現は、全く悪い気はしなくて、素直に嬉しいと感じた。
嬉しいと思うと、とたんに頬に熱が集まってくるような気がしてしまって。
私はブラックコーヒーの缶のプルタブを開く為に顔を俯けてほっぺたを隠した。
ベンチに座って煙草を吸うサトルくんの隣に座り、コーヒーを飲む。
カツンっと強めの苦みが心地好い。
「俺はマミ達と一緒にライブは見れないから、サッちゃんはライブハウスに入ってからマミ達と合流して一緒に見てな。」
「サトルくんはソワールのメンバーだから、マミさん達と一緒にいちゃいけないの?」
「まぁ、そんな感じ。」
「姉弟なのに?」
「そうだね。昔、俺がバンド始めたばかりの頃はマミと一緒にライブに行って一緒に見てたよ。サッちゃんの大好きなユキさんの真ん前の最前列にいたこともある。」
「わー!スゴイ。いいなー。」
「サッちゃんもマミと一緒に居れば今度ユキさんの前の最前に入れてもらえるよ。昨日言ってただろ。」
「そうでした。」
「俺はマミの弟だけど、バンギャルにとってみりゃ、マミの弟ってよりソワールのギターだから。騒がれるのもめんどくさいし好きじゃないから、関係者用の席で見てるよ。」
「そういうもんなんですね。」
目の前に居るサトルくんの事なのに、人事のように聞こえた。
「ほんっとサッちゃんは何も知らないね。バンギャルの事。」
煙草の煙に加えて溜め息交じりにサトルくんは言った。
そんな態度に少々不安になる。
私、バンギャルになれないのかな?
そんな不安は私の表情に出てしまったのか、サトルくんは穏やかな表情で私の頭をぽんっと撫でた。
「大丈夫。言っただろ?俺がサッちゃんを立派なバンギャルに育ててみせるんだって!ほら、またしばらく走るからトイレ行ってきちゃいな。」
サトルくんに促されお手洗いを済ませて外に出ると、バイクの停めた所でヘルメットを被って待つサトルくんが居た。
再び高速道路を走り出したバイク。
2時間程で、今日ブルームーンがライブをするライブハウスの裏手に到着。
サトルくんが言うには、『このハコはここに停めておいて大丈夫』らしい、ライブハウスの裏口が見える少し広いスペースにバイクを置いた。
時刻はまだしばらく、ライブハウスの開場時間まで余裕がある。
「ちょっとトイレ借りてくるけど、サッちゃんは平気?」
ヘルメットを外すサトルくんに尋ねられて、私は平気だと頷いてみせる。
するとサトルくんはライブハウスの裏口らしい小さなドアの向こうへと入って行った。
被ったまんまのヘルメットを外すべく顎の下にで留まった金具外そうとしてみたのだが、やはり上手くいかない。
私は本当に不器用だと再認識した時に、すぐ近くから男の人の声が聞こえた。
「敷地内に勝手に停めちゃだめだよ。」
声のした方へと視線を向ける。
そこには、まばゆいばかりの金髪の、小柄な男の人。
背も低めだが、身体も細い。
ブラックデニムにTシャツといったラフな格好で、足元はドクターマーチンのブーツ。
前髪が長く顔がよく見えないから、声さえ聞こえなければ男性かはたまたボーイッシュな女性か迷ってしまいそう。
ブルームーンのライブを見に来た人かな?なんて、思った。
その金髪の小柄な男の人は、どんどん私の方に近付いてくる。
「なんだ、サトルのバイクじゃん。」
バイクのすぐ近くまで来た小柄な男性はそう言って、私を見た。
「サトルは?いねーの?」
ちょっと言葉遣いの荒い小柄な男の人は、私をチラリと見てから辺りを見回した。
左右に180度首を回して辺りを見る男性の真っ直ぐに下りた長い前髪が風に弾んで揺れて。
前髪に隠れていた顔が覗く。
あれ?この人って。もしかして。
ふと私の脳裏に浮かんだヒトの面影。
似ている気がした。ブルームーンで歌っているボーカリストのハルカさんに。
「ちょっ…お前、シカトかよ。」
不意にハルカさんに似ている小柄な男性に尋ねられた。
思考を巡らせていた脳裏はぐいっと現実に引き戻されて、彼をマジマジと見てしまう。
そんな間も私は、自分の顎の下で留まったヘルメットの金具を外す事を試みていたのだけど、他の事を考えながらでは余計に指先は器用に動くはずもない。
未だにヘルメットを外せないでいる指先の不器用な私に、ハルカさんに似ている小柄な男性は気付いたようだ。
「ほら。貸してみ。」
関節の出っ張る細い指先が、私の首の辺りに伸びてくる。
反射的に私はヘルメットの金具から手を離した。
ぐいっと顎を上げて斜め上を向いて喉元を晒す。
上を仰ぐと空からの太陽が眩しくて目を閉じた。
カチャカチャと僅かに金属が当たって響く音がして、顎下の圧迫感が失せた。
上へ向けた顎を引いて正面を見る。
そこには、金色の前髪で隠れてはいない薄い唇が弧を描いて口角を上に向けていて。
関節の出っ張った細い指先が、今度は私の顎を捉えて再び上を向かせた。
「こうやって目ぇ閉じてると、キスしちゃうよ。」
言いながら、金髪が近付いてきて。
少し俯き加減となった彼の前髪が私の頬に落ちてくる。髪の毛先が頬を擽って、目の前に淡いグレーのカラーコンタクトの入った綺麗な瞳が見えた。
途端に硬く身体をすくませて目を見開いてしまう私。
突然の事への驚きと、目を離す事すらもったいない程綺麗に整った顔立ち。
そんな私の様子に気付いたのか、ただからかっているのか、彼はクスクスと笑いながら手を下ろして顔を離した。
「お前さ、目開けたままキスするのが好きなの?」
言われて途端に熱くなるほっぺた。
私、きっと顔が真っ赤だ。
「サトルのツレ?彼女?」
サトルくんのバイクに跨がりながら、彼は言う。
「知り合い、です。多分。」
サトルくんの荷物持ちのアルバイトはオフレコとサトルくんが言っていたので、言わない方が良いだろうし、言う必要もないだろう。
あやふやながらも答えを返すと、彼はまたクスクスと笑った。
「なんだよ、それ。多分って。なめてんのか?」
口は悪いが、彼の口角は上を向いている。
言葉程怒っているわけではなさそうだ。
サトルくんのバイクに跨がる彼は、小柄なためサトルくんのバイクがとても大きく見える。
「いいよなー。やっぱ。俺も大型取りに行こうかな。」
独り言のように呟いた彼も、バイクが好きなのだろうか?
なんて少し考えていると、サトルくんが小さなドアの向こうからやってきた。
「ごめん。サッちゃん、遅くなった……って!…」
ドアから出たサトルくんは、バイクに跨がるヒトを見て目を瞬く。
「おー。サトルおつかれ。」
サトルくんの視線の先で軽く手を振り挨拶をする金髪の男性。
サトルくんは小走りでバイクへと駆け寄り。
「なにしてんすか!?」
サトルくんは驚きの声を、バイクに跨がるヒトへと向けた。
「ん?ちょっと時間が空いたからその辺出てたらサトルのバイクがあったから、遊んでただけだよ。ねぇ、サッちゃん?」
サトルくんが私を呼ぶのを真似て、金髪の小柄な彼が言う。
バイクに跨がったままで首を傾げてこちらを見る彼へ返事はせずに曖昧な笑みを向けるしかなかった。
何故私に話を振る?
「サッちゃん、ハルカさんと知り合い?」
サトルくんは、私とバイクに跨がる彼とを交互に見てから私に問う。
ハルカさんは、ブルームーンのボーカリストと同じ名前だ。
サトルくんの言葉から、この小柄で金色の髪の毛をした男性はやはりブルームーンのボーカリストだったのだと知る。
ユキのバンドのメンバーさんだ。
そんなヒトは私の知り合いではないので否定しようとしたのだけど、それより早くハルカさんが答えてしまった。
しかも、信じられない言葉をサトルくんへと向ける。
「うん。ちゅーしようとしてた仲。」
私をからかいたいのか、含み笑いを交えてハルカさんは言った。
「もう。俺をからかうのもたいがいにしてくださいって。」
困ったようにして眉をしかめ、サトルくんは言った。
ハルカさんの言う事を、サトルくんは信じていないように見える。
「また後でね、サッちゃん。」
バイクから降りたハルカさんに肩を叩かれる。
私が返事に困っていると、ハルカさんはそんな私の顔を見てクスリとだけ笑んだ。
「サトルも、今日は入り待ちのバンギャル多かったから騒がれるなよー。」
そう言いながら、ハルカさんはライブハウスの裏口へと向かう。
そして裏口のドアの向こうへとハルカさんは消えた。
ライブハウスが開場するまでの間、サングラスをかけて顔を半分隠したサトルくんと近所のカフェでお茶していた。
冷たいココアを買ってもらい、喫煙席の奥、壁に向かうカウンターへと二人並んで腰を下ろした。
「やっぱり本当は、さっきが初対面って事か。」
先程のハルカさんと知り合いなのか?というサトルくんからの問いに正直に答えを返すと、サトルくんはやっぱりと小さな笑みを口元へ浮かべた。
「あの人冗談好きだし、ちょっと変わってるから。」
あの人。と、サトルくんがハルカさんを語る。
いい人なんだけどね。と、言葉続けたサトルくんは、冷たいコーヒーに刺さったストローに唇をつける。
「サトルくんって、ハルカさんと友達なんですか?」
私が尋ねてみるとサトルくんは首を左右に振って否定を示した。
「友達ってほど仲が良いわけでも深い付き合いがあるわけでもないよ。付き合いは長いけどね。」
付き合いは長いけれど、友達ではない。
そう説明するサトルくん。
その意味が私にはイマイチ理解できなくて、疑問符が湧いた。
不思議に感じても、私にとっては関係のない他人事。
それを私が脇からゴチャゴチャと言うのも尋ねるのも失礼な事でもあるので、頭に湧いた疑問符を頭から追い出す事は容易い事。
私には関係のない事。
それに、からかってきてばかりのハルカさんは、あまり好きにはなれない人柄だ。
大好きなユキのバンドのヒトだけど。
ココアの入ったグラスを両手に持ち、思考を巡らせていた私をサトルくんは見ていた様子。
「なに、ひとりで百面相しちゃってんの?」
そう言ったサトルくんは、私の頬を指先でつついた。
「いえ、べつに…」
「ライブが気になって緊張してきちゃったりしてるとか?」
サトルくんがそう言うので、全く検討違いの言葉に頷いてみせる。
サトルくんと長い付き合いであるヒトの悪口をサトルくんに話すだなんて、サトルくんに失礼だもの。
私が頷いた様を見て、面白そうにサトルくんは笑った。
肩を震わせる程に爆笑した後、息を整えてサトルくんは言う。
「ライブって、通いはじめた時期が一番楽しいもんね。」
「そういうものなんですか?」
これからずっと、いやもっともっとライブは楽しいと、私は思う。
やっとマミさんやミオさんという、ブルームーンのファンのコ達と知り合えたばかりだし。
もっと彼女達と仲良くなって友達になれれば、ライブはもっと楽しくなるのだと感じていた。
ひとりよりみんなの方が楽しい。
私は学校でいつもそれを痛感させられているもの。
クラスの女の子達の輪に入って行けずに、その輪の外から眺めている事しかできない私。
ブルームーンのライブに行ってもそうだった。
でも、一昨日のライブの後はマミさん達のお疲れ様会に便乗させてもらって、ブルームーンのファンのコ達とお話した。
ミオさんやサラさんと楽しく盛り上がったんだから!
今日もこれからみんなとも会えるんだから!
不意にサトルに言われる。
「ちょっと子供っぽくないですか?」
家を出る前にマミさんを思い出して、私と比べてしまい感じた事を告げた。
するとサトルくんは首を左右に振る。
「元気な感じでサッちゃんっぽいよ。」
動きやすい格好を、元気な感じとサトルくんに表現される。
その表現は、全く悪い気はしなくて、素直に嬉しいと感じた。
嬉しいと思うと、とたんに頬に熱が集まってくるような気がしてしまって。
私はブラックコーヒーの缶のプルタブを開く為に顔を俯けてほっぺたを隠した。
ベンチに座って煙草を吸うサトルくんの隣に座り、コーヒーを飲む。
カツンっと強めの苦みが心地好い。
「俺はマミ達と一緒にライブは見れないから、サッちゃんはライブハウスに入ってからマミ達と合流して一緒に見てな。」
「サトルくんはソワールのメンバーだから、マミさん達と一緒にいちゃいけないの?」
「まぁ、そんな感じ。」
「姉弟なのに?」
「そうだね。昔、俺がバンド始めたばかりの頃はマミと一緒にライブに行って一緒に見てたよ。サッちゃんの大好きなユキさんの真ん前の最前列にいたこともある。」
「わー!スゴイ。いいなー。」
「サッちゃんもマミと一緒に居れば今度ユキさんの前の最前に入れてもらえるよ。昨日言ってただろ。」
「そうでした。」
「俺はマミの弟だけど、バンギャルにとってみりゃ、マミの弟ってよりソワールのギターだから。騒がれるのもめんどくさいし好きじゃないから、関係者用の席で見てるよ。」
「そういうもんなんですね。」
目の前に居るサトルくんの事なのに、人事のように聞こえた。
「ほんっとサッちゃんは何も知らないね。バンギャルの事。」
煙草の煙に加えて溜め息交じりにサトルくんは言った。
そんな態度に少々不安になる。
私、バンギャルになれないのかな?
そんな不安は私の表情に出てしまったのか、サトルくんは穏やかな表情で私の頭をぽんっと撫でた。
「大丈夫。言っただろ?俺がサッちゃんを立派なバンギャルに育ててみせるんだって!ほら、またしばらく走るからトイレ行ってきちゃいな。」
サトルくんに促されお手洗いを済ませて外に出ると、バイクの停めた所でヘルメットを被って待つサトルくんが居た。
再び高速道路を走り出したバイク。
2時間程で、今日ブルームーンがライブをするライブハウスの裏手に到着。
サトルくんが言うには、『このハコはここに停めておいて大丈夫』らしい、ライブハウスの裏口が見える少し広いスペースにバイクを置いた。
時刻はまだしばらく、ライブハウスの開場時間まで余裕がある。
「ちょっとトイレ借りてくるけど、サッちゃんは平気?」
ヘルメットを外すサトルくんに尋ねられて、私は平気だと頷いてみせる。
するとサトルくんはライブハウスの裏口らしい小さなドアの向こうへと入って行った。
被ったまんまのヘルメットを外すべく顎の下にで留まった金具外そうとしてみたのだが、やはり上手くいかない。
私は本当に不器用だと再認識した時に、すぐ近くから男の人の声が聞こえた。
「敷地内に勝手に停めちゃだめだよ。」
声のした方へと視線を向ける。
そこには、まばゆいばかりの金髪の、小柄な男の人。
背も低めだが、身体も細い。
ブラックデニムにTシャツといったラフな格好で、足元はドクターマーチンのブーツ。
前髪が長く顔がよく見えないから、声さえ聞こえなければ男性かはたまたボーイッシュな女性か迷ってしまいそう。
ブルームーンのライブを見に来た人かな?なんて、思った。
その金髪の小柄な男の人は、どんどん私の方に近付いてくる。
「なんだ、サトルのバイクじゃん。」
バイクのすぐ近くまで来た小柄な男性はそう言って、私を見た。
「サトルは?いねーの?」
ちょっと言葉遣いの荒い小柄な男の人は、私をチラリと見てから辺りを見回した。
左右に180度首を回して辺りを見る男性の真っ直ぐに下りた長い前髪が風に弾んで揺れて。
前髪に隠れていた顔が覗く。
あれ?この人って。もしかして。
ふと私の脳裏に浮かんだヒトの面影。
似ている気がした。ブルームーンで歌っているボーカリストのハルカさんに。
「ちょっ…お前、シカトかよ。」
不意にハルカさんに似ている小柄な男性に尋ねられた。
思考を巡らせていた脳裏はぐいっと現実に引き戻されて、彼をマジマジと見てしまう。
そんな間も私は、自分の顎の下で留まったヘルメットの金具を外す事を試みていたのだけど、他の事を考えながらでは余計に指先は器用に動くはずもない。
未だにヘルメットを外せないでいる指先の不器用な私に、ハルカさんに似ている小柄な男性は気付いたようだ。
「ほら。貸してみ。」
関節の出っ張る細い指先が、私の首の辺りに伸びてくる。
反射的に私はヘルメットの金具から手を離した。
ぐいっと顎を上げて斜め上を向いて喉元を晒す。
上を仰ぐと空からの太陽が眩しくて目を閉じた。
カチャカチャと僅かに金属が当たって響く音がして、顎下の圧迫感が失せた。
上へ向けた顎を引いて正面を見る。
そこには、金色の前髪で隠れてはいない薄い唇が弧を描いて口角を上に向けていて。
関節の出っ張った細い指先が、今度は私の顎を捉えて再び上を向かせた。
「こうやって目ぇ閉じてると、キスしちゃうよ。」
言いながら、金髪が近付いてきて。
少し俯き加減となった彼の前髪が私の頬に落ちてくる。髪の毛先が頬を擽って、目の前に淡いグレーのカラーコンタクトの入った綺麗な瞳が見えた。
途端に硬く身体をすくませて目を見開いてしまう私。
突然の事への驚きと、目を離す事すらもったいない程綺麗に整った顔立ち。
そんな私の様子に気付いたのか、ただからかっているのか、彼はクスクスと笑いながら手を下ろして顔を離した。
「お前さ、目開けたままキスするのが好きなの?」
言われて途端に熱くなるほっぺた。
私、きっと顔が真っ赤だ。
「サトルのツレ?彼女?」
サトルくんのバイクに跨がりながら、彼は言う。
「知り合い、です。多分。」
サトルくんの荷物持ちのアルバイトはオフレコとサトルくんが言っていたので、言わない方が良いだろうし、言う必要もないだろう。
あやふやながらも答えを返すと、彼はまたクスクスと笑った。
「なんだよ、それ。多分って。なめてんのか?」
口は悪いが、彼の口角は上を向いている。
言葉程怒っているわけではなさそうだ。
サトルくんのバイクに跨がる彼は、小柄なためサトルくんのバイクがとても大きく見える。
「いいよなー。やっぱ。俺も大型取りに行こうかな。」
独り言のように呟いた彼も、バイクが好きなのだろうか?
なんて少し考えていると、サトルくんが小さなドアの向こうからやってきた。
「ごめん。サッちゃん、遅くなった……って!…」
ドアから出たサトルくんは、バイクに跨がるヒトを見て目を瞬く。
「おー。サトルおつかれ。」
サトルくんの視線の先で軽く手を振り挨拶をする金髪の男性。
サトルくんは小走りでバイクへと駆け寄り。
「なにしてんすか!?」
サトルくんは驚きの声を、バイクに跨がるヒトへと向けた。
「ん?ちょっと時間が空いたからその辺出てたらサトルのバイクがあったから、遊んでただけだよ。ねぇ、サッちゃん?」
サトルくんが私を呼ぶのを真似て、金髪の小柄な彼が言う。
バイクに跨がったままで首を傾げてこちらを見る彼へ返事はせずに曖昧な笑みを向けるしかなかった。
何故私に話を振る?
「サッちゃん、ハルカさんと知り合い?」
サトルくんは、私とバイクに跨がる彼とを交互に見てから私に問う。
ハルカさんは、ブルームーンのボーカリストと同じ名前だ。
サトルくんの言葉から、この小柄で金色の髪の毛をした男性はやはりブルームーンのボーカリストだったのだと知る。
ユキのバンドのメンバーさんだ。
そんなヒトは私の知り合いではないので否定しようとしたのだけど、それより早くハルカさんが答えてしまった。
しかも、信じられない言葉をサトルくんへと向ける。
「うん。ちゅーしようとしてた仲。」
私をからかいたいのか、含み笑いを交えてハルカさんは言った。
「もう。俺をからかうのもたいがいにしてくださいって。」
困ったようにして眉をしかめ、サトルくんは言った。
ハルカさんの言う事を、サトルくんは信じていないように見える。
「また後でね、サッちゃん。」
バイクから降りたハルカさんに肩を叩かれる。
私が返事に困っていると、ハルカさんはそんな私の顔を見てクスリとだけ笑んだ。
「サトルも、今日は入り待ちのバンギャル多かったから騒がれるなよー。」
そう言いながら、ハルカさんはライブハウスの裏口へと向かう。
そして裏口のドアの向こうへとハルカさんは消えた。
ライブハウスが開場するまでの間、サングラスをかけて顔を半分隠したサトルくんと近所のカフェでお茶していた。
冷たいココアを買ってもらい、喫煙席の奥、壁に向かうカウンターへと二人並んで腰を下ろした。
「やっぱり本当は、さっきが初対面って事か。」
先程のハルカさんと知り合いなのか?というサトルくんからの問いに正直に答えを返すと、サトルくんはやっぱりと小さな笑みを口元へ浮かべた。
「あの人冗談好きだし、ちょっと変わってるから。」
あの人。と、サトルくんがハルカさんを語る。
いい人なんだけどね。と、言葉続けたサトルくんは、冷たいコーヒーに刺さったストローに唇をつける。
「サトルくんって、ハルカさんと友達なんですか?」
私が尋ねてみるとサトルくんは首を左右に振って否定を示した。
「友達ってほど仲が良いわけでも深い付き合いがあるわけでもないよ。付き合いは長いけどね。」
付き合いは長いけれど、友達ではない。
そう説明するサトルくん。
その意味が私にはイマイチ理解できなくて、疑問符が湧いた。
不思議に感じても、私にとっては関係のない他人事。
それを私が脇からゴチャゴチャと言うのも尋ねるのも失礼な事でもあるので、頭に湧いた疑問符を頭から追い出す事は容易い事。
私には関係のない事。
それに、からかってきてばかりのハルカさんは、あまり好きにはなれない人柄だ。
大好きなユキのバンドのヒトだけど。
ココアの入ったグラスを両手に持ち、思考を巡らせていた私をサトルくんは見ていた様子。
「なに、ひとりで百面相しちゃってんの?」
そう言ったサトルくんは、私の頬を指先でつついた。
「いえ、べつに…」
「ライブが気になって緊張してきちゃったりしてるとか?」
サトルくんがそう言うので、全く検討違いの言葉に頷いてみせる。
サトルくんと長い付き合いであるヒトの悪口をサトルくんに話すだなんて、サトルくんに失礼だもの。
私が頷いた様を見て、面白そうにサトルくんは笑った。
肩を震わせる程に爆笑した後、息を整えてサトルくんは言う。
「ライブって、通いはじめた時期が一番楽しいもんね。」
「そういうものなんですか?」
これからずっと、いやもっともっとライブは楽しいと、私は思う。
やっとマミさんやミオさんという、ブルームーンのファンのコ達と知り合えたばかりだし。
もっと彼女達と仲良くなって友達になれれば、ライブはもっと楽しくなるのだと感じていた。
ひとりよりみんなの方が楽しい。
私は学校でいつもそれを痛感させられているもの。
クラスの女の子達の輪に入って行けずに、その輪の外から眺めている事しかできない私。
ブルームーンのライブに行ってもそうだった。
でも、一昨日のライブの後はマミさん達のお疲れ様会に便乗させてもらって、ブルームーンのファンのコ達とお話した。
ミオさんやサラさんと楽しく盛り上がったんだから!
今日もこれからみんなとも会えるんだから!