イチゴアメ
サトルくんはこのお店に、注文した何かを取りにきたようだ。
店内にある商品を見るでもなく、店内さんからお店の名前の入った紙袋を受け取るとすぐにお店を後にした。
お店から出てゆくサトルくんについて行くと、「はい。お仕事。」と言って先程店員さんから受け取った紙袋を私に手渡してくる。
これがバイトだというのだろうか?
とりあえずそれを受け取った私に、サトルくんは満足した様子で唇で弧を描いてみせた。
「もう一軒付き合ってね。」
そう言ってまた歩き出すサトルくん。
私はバッグと紙袋を肩にかけて、先を歩く彼を追った。
人の多い中を歩いてゆくサトルくんのすぐ後ろを歩いてゆくと、向こう側から歩いてきてすれ違おうとした、女の子が二人、サトルくんを呼び止めた。
「サトルさんですよね!」
「ソワールの!きゃーっ大好きなんです!」
見た目は制服姿ではないものの、私と同じような年頃の女の子二人。
呼び止めたサトルくんの腕をシッカリと掴んだ彼女たちは、サトルくんのバンドのファンのコたちなのだろう。
顔の半分をサングラスで隠したサトルくんを見て、彼の名とバンドの名を言い当てた女の子たちに感心してしまった。
私の大好きなユキがサトルくんみたいな格好で道を歩いていたとして、すれ違いざまに気付く自信なんてない。
そうとうサトルくんのことが大好きで大ファンなんだろうな。なんて思いながら目の前で繰り広げられる光景を見ていた。
「いえ。人違いだと思います。」
掴まれていない方の手をやんわりと振るサトルくん。
「声も一緒だよ!」
「ほんと!」
「かっこいいー!」
黄色い声を出して喜ぶ女の子二人。
それが目立って、道ゆく人たちはみなサトルくん達に注目して歩いてゆく。
足を止めてまで見るヒトも居て、ちょっとした人だかりになってきた。
そんな人だかりの中の誰かが響かせたシャッター音。
携帯電話をサトルくんに向けて構えた女の子。
きっとサトルくんの写真を撮影したのだろう。
それに気付いたらしいサトルくんは、携帯電話を構える人を見た。
「あ。写メ!」
サトルくんの腕を掴んでいる女の子もそちらを見る。
その途端、こっちへと振り向いたサトルくんは突然こちらに向かって駆け出して、私の腕を掴む。
走るサトルくんに引き摺られるようにして駆け出した私。
走ることはもちろん、運動自体が得意でない私は脚の長いサトルくんのペースでは走れない。
何度も転びそうになるのを、サトルくんが引っ張ってくれてなんとか体制を保ちながら人ごみを掻き分けて走った。
飲み屋さんばかりの細い路地に入って、細長い建物の通路を駆ける。
お店の入り口ドアが並ぶが、開店前で明かりのついていない雑居ビルの通路で、サトルくんは足を止めた。
肩で息をする程に走ったのに、サトルくんは全く息を乱していない様子。
掴んでいた私の腕を離したサトルくんは、道へと続く入ってきた通路を振り返った。
誰かついてきたような感じはない様子に安心する。
「ごめんね。大丈夫?」
薄暗いここではサングラス越しには見えづらいのか、サトルくんは顔の半分を隠していたサングラスを外した。
少しの間隠されて見ることができなかったサトルくんの瞳は、私を映して申し訳なさそうに細められる。
「私は、大丈夫、…です!」
まだ息も整わないまま、サトルくんの問いに答えた。
「サツキちゃんも覚えといて。盗撮は、ダメ!一応、俺、権利の問題で写真はNGなんだし。」
ビビったー!俺っていつの間に有名人?っと言いながらため息をついたサトルくんは、通路の壁に背中をつけてしゃがみ込む。
「……写真、撮られるのはだめなんですね。」
息を整えてから、確認するためにサトルくんに尋ねた。
私がバイトとしてサトルくんの荷物持ちなんかをするには、知っておくべき情報であると思ったから。
「うん。会社で。許可なく写真に撮られることは契約上しちゃいけないコトなわけ。」
しゃがんだサトルくんは、立っている私を見上げて言った。
「わかりました。じゃあ、これから行くお店は私がオツカイしてきます。」
「え?」
私の言った言葉にサトルくんは目を丸くした。
「またさっきみたいなのは、イヤですし。お店と、買うものなんかを教えてください。」
そう告げると、サトルくんはニコっと微笑んだ。
「お店の地図とか送る。サツキちゃんの携帯教えて。あと、これ。財布。」
ポケットから財布とスマホを取り出して財布を私によこして、携帯電話を操作しはじめたサトルくん。
私もバッグの中から携帯電話を取り出して、サトルくんに連絡先を教えた。
すぐにオツカイ先のお店の地図や電話番号などの情報が私のスマホに届く。
「このお店で、カッコイイ帽子を選んで買ってきて。」
サトルくんのオツカイの内容を告げられて、内心シマッタ…と感じてしまった。
さっきのお店のように、何かを取りに行くのではないようだ。
「わ…私が選ぶんですか?」
「ん。黒で、……ハットがいいな。シンプルなやつ。」
そう言って笑みを零すサトルくんは行ってらっしゃい。と私に手を振ってみせる。
「ここに居てくださいね!」
私はサトルくんにそう告げて、スマホを片手に路地へと出た。
オツカイ先のお店は大きな広い通りに面しているようだ。
スマホの地図アプリで表示された通りに道を進んでゆく。
すると、手の中の携帯電話がメールの着信を知らせた。
登録したばかりのサトルくんのアドレスからのメールには、なにか困ったら連絡して。と書いてあった。
オツカイ先のお店までは、特に困ったことなくたどり着いた。
たどり着いた先は帽子しかないお店。
狭い店内にはオシャレなラックが鎮座し、そこに帽子が飾られている。
男性用、女性用などは区別されずにランダムに置かれた帽子たち。
この中からオツカイをしないといけない。
黒いハット。シンプルなやつ。
帽子ってサイズとか、あるのかな?
とりあえず黒いハットを探して店内を右往左往。
黒いハットはあそこにもそこにもここにもあっちにもある。
どれも黒いハット。
シンプルなのってどんなのだろう?
真っ赤な羽の飾りがついている、あの黒いハットはシンプルじゃない?
黒地にシルバーのスタッズでスカルが描かれた、あの黒いハットはシンプルじゃない?
黒いけど、いろんな素材の黒い布でパッチワークのように細かい縫い合わせのある、あの黒いハットはシンプルじゃない?
黒いハットはたくさん見つけたが、たくさん見つけすぎてしまって戸惑ってしまった。
店内に足を止めて辺りを見回す。
見えるのは帽子ばかり。
「なにかお探しですか?」
さっきまでレジの見えるカウンターの奥に座っていた店員さんが、立ち上がりカウンターから出てきて尋ねてきた。
「あの。黒いハット。シンプルなの。」
サトルくんからのオツカイを、紫色の大きなお花のついた帽子を被った店員さんに告げた。
「プレゼントですか?」
「いえ。あの…頼まれて。」
「男の人?」
「はい。」
店員さんの問いかけに答えると、黒いハットが3つカウンターに置かれた。
「こういうのはいかがですか?」
どれも変わったように見えない3つのハット。
布のツヤ感が綺麗なものを選んで購入した。
帽子を入れてもらった大きな紙袋も肩にかけて、来た道を逆に進んで歩く。
きちんとオツカイができたか不安になりながら、サトルくんを置いてきた雑居ビルに戻って飲み屋さんのドアが立ち並ぶ通路を進んだ。
進んで行くと、背中を壁に押し付けてしゃがんでいるサトルくんが私に気付いてこちらを見た。
「おかえり!!」
サトルくんは笑みを零して迎えてくれた。
「気に入らなかったら、私、すぐ返品してきます。」
帽子の入った袋をサトルくんに差し出す。
「ヘヘッ。サンキュー。」
サトルくんは帽子を受け取り、袋を開いた。
袋から帽子を取り出して、いろんな角度から私の選んできた帽子を眺めると、サトルくんはそれを被って見せる。
「どう?かっこいい?」
尋ねられた言葉に頷くと、サトルくんはまたニコっと笑んで立ち上がる。
「よくできましたー。サツキちゃんもセンス良いじゃん。」
言いながら私の頭をくしゃっと撫でる。
頭を撫でられるという行為は子供の頃以来でなんだか照れ臭くなってしまい、頬に熱が集まるのを感じた。
店内にある商品を見るでもなく、店内さんからお店の名前の入った紙袋を受け取るとすぐにお店を後にした。
お店から出てゆくサトルくんについて行くと、「はい。お仕事。」と言って先程店員さんから受け取った紙袋を私に手渡してくる。
これがバイトだというのだろうか?
とりあえずそれを受け取った私に、サトルくんは満足した様子で唇で弧を描いてみせた。
「もう一軒付き合ってね。」
そう言ってまた歩き出すサトルくん。
私はバッグと紙袋を肩にかけて、先を歩く彼を追った。
人の多い中を歩いてゆくサトルくんのすぐ後ろを歩いてゆくと、向こう側から歩いてきてすれ違おうとした、女の子が二人、サトルくんを呼び止めた。
「サトルさんですよね!」
「ソワールの!きゃーっ大好きなんです!」
見た目は制服姿ではないものの、私と同じような年頃の女の子二人。
呼び止めたサトルくんの腕をシッカリと掴んだ彼女たちは、サトルくんのバンドのファンのコたちなのだろう。
顔の半分をサングラスで隠したサトルくんを見て、彼の名とバンドの名を言い当てた女の子たちに感心してしまった。
私の大好きなユキがサトルくんみたいな格好で道を歩いていたとして、すれ違いざまに気付く自信なんてない。
そうとうサトルくんのことが大好きで大ファンなんだろうな。なんて思いながら目の前で繰り広げられる光景を見ていた。
「いえ。人違いだと思います。」
掴まれていない方の手をやんわりと振るサトルくん。
「声も一緒だよ!」
「ほんと!」
「かっこいいー!」
黄色い声を出して喜ぶ女の子二人。
それが目立って、道ゆく人たちはみなサトルくん達に注目して歩いてゆく。
足を止めてまで見るヒトも居て、ちょっとした人だかりになってきた。
そんな人だかりの中の誰かが響かせたシャッター音。
携帯電話をサトルくんに向けて構えた女の子。
きっとサトルくんの写真を撮影したのだろう。
それに気付いたらしいサトルくんは、携帯電話を構える人を見た。
「あ。写メ!」
サトルくんの腕を掴んでいる女の子もそちらを見る。
その途端、こっちへと振り向いたサトルくんは突然こちらに向かって駆け出して、私の腕を掴む。
走るサトルくんに引き摺られるようにして駆け出した私。
走ることはもちろん、運動自体が得意でない私は脚の長いサトルくんのペースでは走れない。
何度も転びそうになるのを、サトルくんが引っ張ってくれてなんとか体制を保ちながら人ごみを掻き分けて走った。
飲み屋さんばかりの細い路地に入って、細長い建物の通路を駆ける。
お店の入り口ドアが並ぶが、開店前で明かりのついていない雑居ビルの通路で、サトルくんは足を止めた。
肩で息をする程に走ったのに、サトルくんは全く息を乱していない様子。
掴んでいた私の腕を離したサトルくんは、道へと続く入ってきた通路を振り返った。
誰かついてきたような感じはない様子に安心する。
「ごめんね。大丈夫?」
薄暗いここではサングラス越しには見えづらいのか、サトルくんは顔の半分を隠していたサングラスを外した。
少しの間隠されて見ることができなかったサトルくんの瞳は、私を映して申し訳なさそうに細められる。
「私は、大丈夫、…です!」
まだ息も整わないまま、サトルくんの問いに答えた。
「サツキちゃんも覚えといて。盗撮は、ダメ!一応、俺、権利の問題で写真はNGなんだし。」
ビビったー!俺っていつの間に有名人?っと言いながらため息をついたサトルくんは、通路の壁に背中をつけてしゃがみ込む。
「……写真、撮られるのはだめなんですね。」
息を整えてから、確認するためにサトルくんに尋ねた。
私がバイトとしてサトルくんの荷物持ちなんかをするには、知っておくべき情報であると思ったから。
「うん。会社で。許可なく写真に撮られることは契約上しちゃいけないコトなわけ。」
しゃがんだサトルくんは、立っている私を見上げて言った。
「わかりました。じゃあ、これから行くお店は私がオツカイしてきます。」
「え?」
私の言った言葉にサトルくんは目を丸くした。
「またさっきみたいなのは、イヤですし。お店と、買うものなんかを教えてください。」
そう告げると、サトルくんはニコっと微笑んだ。
「お店の地図とか送る。サツキちゃんの携帯教えて。あと、これ。財布。」
ポケットから財布とスマホを取り出して財布を私によこして、携帯電話を操作しはじめたサトルくん。
私もバッグの中から携帯電話を取り出して、サトルくんに連絡先を教えた。
すぐにオツカイ先のお店の地図や電話番号などの情報が私のスマホに届く。
「このお店で、カッコイイ帽子を選んで買ってきて。」
サトルくんのオツカイの内容を告げられて、内心シマッタ…と感じてしまった。
さっきのお店のように、何かを取りに行くのではないようだ。
「わ…私が選ぶんですか?」
「ん。黒で、……ハットがいいな。シンプルなやつ。」
そう言って笑みを零すサトルくんは行ってらっしゃい。と私に手を振ってみせる。
「ここに居てくださいね!」
私はサトルくんにそう告げて、スマホを片手に路地へと出た。
オツカイ先のお店は大きな広い通りに面しているようだ。
スマホの地図アプリで表示された通りに道を進んでゆく。
すると、手の中の携帯電話がメールの着信を知らせた。
登録したばかりのサトルくんのアドレスからのメールには、なにか困ったら連絡して。と書いてあった。
オツカイ先のお店までは、特に困ったことなくたどり着いた。
たどり着いた先は帽子しかないお店。
狭い店内にはオシャレなラックが鎮座し、そこに帽子が飾られている。
男性用、女性用などは区別されずにランダムに置かれた帽子たち。
この中からオツカイをしないといけない。
黒いハット。シンプルなやつ。
帽子ってサイズとか、あるのかな?
とりあえず黒いハットを探して店内を右往左往。
黒いハットはあそこにもそこにもここにもあっちにもある。
どれも黒いハット。
シンプルなのってどんなのだろう?
真っ赤な羽の飾りがついている、あの黒いハットはシンプルじゃない?
黒地にシルバーのスタッズでスカルが描かれた、あの黒いハットはシンプルじゃない?
黒いけど、いろんな素材の黒い布でパッチワークのように細かい縫い合わせのある、あの黒いハットはシンプルじゃない?
黒いハットはたくさん見つけたが、たくさん見つけすぎてしまって戸惑ってしまった。
店内に足を止めて辺りを見回す。
見えるのは帽子ばかり。
「なにかお探しですか?」
さっきまでレジの見えるカウンターの奥に座っていた店員さんが、立ち上がりカウンターから出てきて尋ねてきた。
「あの。黒いハット。シンプルなの。」
サトルくんからのオツカイを、紫色の大きなお花のついた帽子を被った店員さんに告げた。
「プレゼントですか?」
「いえ。あの…頼まれて。」
「男の人?」
「はい。」
店員さんの問いかけに答えると、黒いハットが3つカウンターに置かれた。
「こういうのはいかがですか?」
どれも変わったように見えない3つのハット。
布のツヤ感が綺麗なものを選んで購入した。
帽子を入れてもらった大きな紙袋も肩にかけて、来た道を逆に進んで歩く。
きちんとオツカイができたか不安になりながら、サトルくんを置いてきた雑居ビルに戻って飲み屋さんのドアが立ち並ぶ通路を進んだ。
進んで行くと、背中を壁に押し付けてしゃがんでいるサトルくんが私に気付いてこちらを見た。
「おかえり!!」
サトルくんは笑みを零して迎えてくれた。
「気に入らなかったら、私、すぐ返品してきます。」
帽子の入った袋をサトルくんに差し出す。
「ヘヘッ。サンキュー。」
サトルくんは帽子を受け取り、袋を開いた。
袋から帽子を取り出して、いろんな角度から私の選んできた帽子を眺めると、サトルくんはそれを被って見せる。
「どう?かっこいい?」
尋ねられた言葉に頷くと、サトルくんはまたニコっと笑んで立ち上がる。
「よくできましたー。サツキちゃんもセンス良いじゃん。」
言いながら私の頭をくしゃっと撫でる。
頭を撫でられるという行為は子供の頃以来でなんだか照れ臭くなってしまい、頬に熱が集まるのを感じた。