だから、恋なんて。
カーテンの隙間から差し込む光に目を覚ますと同時に、香ばしい焼き魚の匂いと包丁を操るトントントンと調子のいい音を感じる。
千鶴がねてたはずの布団は当たり前だけど無人で、布団からはみ出るのを構わずに「んーっ」と四肢を伸ばして。
起きてすぐなのに、もうお腹が空いてるのがわかる。
「おはよ」
ぼさぼさの髪をまとめながら声をかけると、背中を向けたままの千鶴が返事をする。
「おはよー。ご飯ちょうどできたところー」
明日片づけるからってそのままにしてあった飲みかけのワインやビールの缶におつまみの代わりに、またまた旅館の食卓が再現されている。
あー、なんていう幸せ。起きたら誰かがご飯作ってくれているっていう、ね。
多分、いや、きっと男だったらこういう瞬間に『結婚』を決意するんだろうな。
長く一人暮らしをしてたら尚更そう思ってしまうと思う。
しかも直人さんなんて、一度はこの幸せを知ってからまた一人に戻ってたわけだもんね。
「美咲?先に顔洗ってきたら?」
「はぁい」
言うとおりに素早く顔を洗って、ご飯のお代りをするくらい朝食をお腹いっぱい食べて。
食後のコーヒーを飲んでるうちに千鶴が準備をして、二人でうちに行って私がものの十分ほどで支度を整えてから、約束通り久しぶりの買い物に出かけた。